千僧供町・椿神社
◇東近江・近江八幡
近江八幡市千僧供町の椿神社で本殿の改修工事がこのほど完了し、十一日夜には神霊を社務所内に設けられた仮殿から完成した本殿に遷す本殿遷座祭(ほんでんせんざさい)が、宮司と氏子らによって厳かに行われた。
今回の本殿改修は神霊鎮座から数えて九百九十三年後の八回目で、明治四十一年の屋根葺き替え以来百三年ぶり。柱四本以外すべて改修した。
本殿遷座祭について町内には経験者がなく、町では改修委員会(小川常雄委員長)を設置して、岡田能正宮司の助言を受けながら、一生に一度の経験だとして準備、リハーサルなどして当日に備えた。
遷座祭は神社本庁の祭祀に則って行われ、紋付にマスクと白手袋姿の氏子二十二人と白装束の宮司が、仮殿となっている社務所から、神霊である「御」を白い布で守るように囲み、すべての灯りが消されると、松明や提灯などを持った氏子たちによって先導・護衛された行列が、闇の境内を約五十メートル先の本殿をめざして進んだ。
参列した町民約五十人が固唾を飲んで行列の進行を見守る中、本殿に到着した「御」が宮司によって本殿に納められ、神事なども執り行ない、無事、遷座祭は終了した。
翌十二日朝には奉祝祭も行われ、町民や氏子らがもちまきなどで本殿改修を祝った。
本殿遷座祭のあと小川委員長(62)と馬場茂喜自治会長(59)は、「氏子や地域のみなさんの協力のおかげ」「百年に一度のこと、盛大にできよかった」と、喜びを語った。
椿神社は平安中期、長和五年(一〇一六)創建とされ、鎌倉時代後期に建てられた神門は馬淵村と岩倉村の水利争いを千僧供村が仲介して収めた際の水配分を示す四分四分二部の「際目石」が敷かれる県指定文化財。千僧供町の氏神で、明治以前は「十禅師権現」とも呼ばれ、氏子から「十禅さん」と親しまれてきた。








