新春座談会

■平成22年1月1日(金) 第15534号

=びわ湖の森と共生して 賢く使う仕組みづくり=

30年前には県下に10ペアいたが、現在は6ペアのみ。繁殖率も1年に1羽の雛(ひな)が巣立つかどうかという、まさに絶滅の危機にあるイヌワシ(片山磯雄氏撮影)

 日本で一番大きな湖、びわ湖。一千四百万人の水源であるびわ湖は、滋賀県の五〇%を占める森林、「びわ湖の森」に支えられている。びわ湖の森を元気にすることは、森林だけでなく、びわ湖をはぐくむ多くのいのちを元気にすることでもある。そこで湖東地域を中心に、森林の循環利用の仕組みづくりに取り組んでいる方々にお集まり願い、森の再生を話し合ってもらった。
(司会・文責=石川政実、写真=畑多喜男)


冨田正敏(とみた・まさとし) 平成14年、滋賀報知新聞社社長に就任。19年11月から、八日市商工会議所副会頭を務める。(社)滋賀県新聞連盟の代表理事。(社)日本地方新聞協会副会長。60歳。

嘉田 CO2半減を世界のモデルに
藤岡 山とびわ湖をつなぐビワマス
田中 間伐材を使ってノートを開発
山口 山に入って市民と情報共有を


荒廃する滋賀の森

司会 実際に仕事や調査で湖東地域の森に入っておられる田中さん、山崎さん、藤岡さんに、その現状をうかがえますか。
田中 湖東の森林は、以前ですと、薪(まき)などを取るために人々が山に入っていました。ところが燃料革命や国内材の価格下落で、森林所有者が山に入らず、最近では荒廃した森林が目立っています。しかし近年は地球温暖化問題などで森林が注目され、地域材のニーズも増加していますが、それが材価には結びついていません。


藤岡康弘(ふじおか・やすひろ)さん 滋賀県職員。「びわ湖の森の生き物研究会」会員。びわ湖の魚類、主にビワマス、ホンモロコ、ニゴロブナなどの研究を続けてきた。現在、滋賀県水産試験場長、55歳。

山崎 イヌワシ、クマタカの調査で我々が三十数年前に滋賀県の鈴鹿山脈に入っていたころは、まだ、樹木の伐採と搬出が行われていました。それがここ数年は、植林が大きくなっても搬出されずに残っています。実はこの影響を一番受けている生物の一つがイヌワシです。イヌワシは、もともと森林の中では獲物を捕れない猛きん類で、樹木が生育しない開けた場所にいる中小動物を食物にしてきました。人工林のまま更新されないと、中小動物も少なくなり、イヌワシにとって獲物を捕る場所もなくなるわけです。
司会 ビワマスのようにびわ湖から川に上ってくる魚たちは、どのような状況ですか。
藤岡 びわ湖には、十数種類の固有の魚がいますが、ビワマスはそのうちのサケ科で唯一の固有種です。大きく育ったビワマスは九月ぐらいから川をそ上します。昔ですと、川の上流部、さらには渓流に近いところまで上って産卵をしていました。ところが現在は、川の上流まで上れずに、川の河口部で産卵せざるを得ない状況です。
司会 田中さんらが一昨年五月に設立された「湖東地域材循環システム協議会」(注1)についてお話し願えますか。
田中 環境的にも森林は注目され、ニーズが高まっているのに、山側が動かないというギャップが出ています。このため、なんとか循環させようというのが協議会のねらいです。また、CO2の吸収認証制度(注2)もスタートさせました。さらに放置された間伐(かんばつ)材の有効活用ということで、山内さんのコクヨ工業滋賀にお世話になり、間伐材をチップ化してノートや紙に商品開発し、「kikito」(キキト=注3)ブランドで販売展開を行っています。
山内 当社は、愛荘町でコクヨブランドの紙製品を作っています。主にノートとか、コピー用紙などです。地元に貢献できる事業をしようと、びわ湖のヨシを使った紙製品シリーズ「ReEDEN」(リエデン)を開発しました。
 今回、協議会から湖東地域の間伐材を使って「キキト」ブランドの紙製品を開発したいというお話があり、生産面での協力をさせていただきました。湖東の森が手入れもされずに荒廃している状態に対し、なにか地元の企業として、お手伝いができればと始めた次第です。


山口美知子(やまぐち・みちこ)さん 平成10年から滋賀県職員。現在、中部森林整備事務所主査。平成19年から滋賀地方自治研究センター理事、びわ湖プロジェクトリーダー。37歳。

司会 市民と一緒に森の健康診断「KIKIDAS」(キキダス)を行い、協議会をサポートされている山口さんにうかがえますか。
山口 協議会の活動には、大滝山林組合やコクヨ工業滋賀ら地元の事業者の方々が取り組んでおられますが、もうひとつ大事なのは、供給されたものを買っていただける方をどう増やしていけるかです。そのために、市民の方々に山へ出かけていただいて行政や企業らのみなさんと情報を共有しながら、森を賢く使っていくことを一緒に考えようと始めたのが「キキダス」でした。この活動の中心になって動いていただいているのが協議会の方々です。
嘉田 山口さんの「キキダス」は、かつて私たちがやってきた「ホタルダス」(注4)と、ほとんど考え方が同じですね。市民や専門家らが一緒になって、森の健康診断「キキダス」を行って結果を共有する。そして暮らしから遠くなった森を取り戻そうとする試みですから。かつて山は豊かな文化をはぐくみ、そこには暮らしの元があった。それが木材価格の下落などで、森が放置されるようになった。この典型が造林公社問題(注5)です。「キキト」のように、木を流通させる仕組みづくりの中で、森林税を有効に活用できるよう考えています。
司会 東近江市も、里山保全には力を入れていますね。
冨田 ええ、旧八日市市の時代に、かつての愛知川の河畔林は手入れがされずに枯れ木がたくさんあり、このままでは里山が崩壊するというので、前市長の中村功一さんが目をつけ、市民団体「遊林会」らと一緒になって、「河辺いきものの森」を整備されました。子どもやおとなたちが楽しみながら環境学習をする施設です。最近は、一日二、三団体が訪れています。県外からも結構多いですよ。


嘉田由紀子(かだ・ゆきこ)さん 京都大学大学院・ウイスコンシン大学大学院修了。農学博士。琵琶湖研究所研究員、琵琶湖博物館総括学芸員、京都精華大学人文学部教授を経て、平成18年7月に滋賀県知事に就任。59歳。

転換する森の価値

司会 県は二〇三〇年までにCO2を五〇%、国は二〇二〇年までに二五%削減に、それぞれ取り組むわけですから、今後、森の価値が大きく転換してきますね。
山内 山の資産価値は、単に木材だけではなく、環境面でもあるはずです。高知県の四万十川の流域に「結の森」というところがありますが、コクヨグループではこの地域の支援を行っています。間伐を行い、森を再生しようとするものです。再生した森がCO2を吸収するという理由から、CO2の吸収証書をいただいています。まだ排出権取引といったものではありませんが、企業にとっては価値のあるものです。滋賀県も、高知県のような試みを早急に始められてはいかがでしょうか。
田中 豊かな森林を保つには、やはり山側が大事ですね。でも、まだ林家や農家には、生産者という認識が多いだけに、自他ともに生産者から経営者への意識改革が必要だと思います。そして、このような現状を脱却するには、山側を経済的に成り立つように、森林を動かしていくことです。山は水を蓄え、いろんな生き物を育てる働きをしているだけに、山側のみならず、県民みんなが山を守る仕組みづくりを考えるべきだと思います。
藤岡 ビワマスは、まさに、びわ湖と山をつなぐ生き物の代表だと考えています。昔は、川をそ上して上流で産卵をしていました。ところがいまは、河口部分でしか産めなくなっている。これは、大変、深刻な問題です。ビワマスは冷水性の魚ですから、水温が高い河口部分では、卵のふ化がうまく進まないからです。また、ふ化した稚魚のえさの二〇〜五〇%は、森から落ちてくる昆虫ですから、川の周囲に河畔林とかの森が十分にないと、えさが足りなくなる。また森は木陰をつくって、夏場でも川の水温を上げないので、ビワマスには絶対に必要なのです。
司会 ビワマスが河口近辺で産卵するのは、やはり、えん堤やダムの影響ですか。
藤岡 ええ、調べただけでも滋賀県の河川の六百か所以上に えん堤があり、その中で魚が川を上れる魚道という通路が設けられているのは、わずか一三・五%に過ぎませんでした。確かに、いまの滋賀県の川は、病んでいます。


山崎 亨(やまざき・とおる)さん 獣医学と鳥類生態学を学んだ後、滋賀県職員。猛きん類の研究をライフワークとし、平成16年に県職員を辞め、アジアの猛きん類の研究と保護に傾注。55歳。

山崎 山の健康診断で森をデザイン
山内 仕事を通じて環境の意識づけ
冨田 子どもも大人も里山で遊ぼう


山崎 日本の森林率は六七%と、先進国の中で、これだけの資源を抱えている国はないわけです。その国に、食物連鎖の頂点に立つイヌワシ、クマタカがいるというのは、これまた先進国では日本だけと言っても過言ではありません。生物多様性がなければ、この二種類のワシとタカはすめないのです。森の価値は、木材生産といった人間生活に重要なものだけでなく、生物多様性を維持するという面もありますからね。このバランスが崩れて単層な森林になり、いまやイヌワシは絶滅の危機に直面し、その一方でシカなどの鳥獣害が増大しているのです。
冨田 先ほどの「河辺いきものの森」の話に戻りますが、せっかく里山にきても遊び方が分からない子どもが実に多い。ですから、コーディネーターが付いて教えているんです。やはり子どもたちに自然との付き合い方を教えていく必要があると思います。それがひいては琵琶湖の保全につながっていくわけですからね。

森との付き合い方

司会 これから森とどう付き合っていけばいいのでしょうか。
田中 国土の六七%が森林という、すごい資源を日本は持っているわけですから、人の手を入れて、その資源を有効に、かつ計画的に活用していくことが大切です。山を健全な形に戻すと言っても、十年、二十年の短いサイクルでは、元には戻らない。だからこそ環境教育が大事になってくると思います。


山内健(やまのうち・つよし)さん 平成18年、(株)コクヨ工業滋賀代表取締役に就任。19年に発売したヨシの紙製品「ReEDEN」を通じて、びわ湖・淀川水系の環境活動に全社で取り組む。49歳。

b>山口 山村に暮らす方々は、経済的な価値だけでなく、いろんな恩恵を受けてこられました。しかし、いまは、例えば燃料はガソリンスタンドに行けば手に入る時代になりましたから、東近江市の永源寺でも、山村の過疎化とセットで、山で暮らしていた方々が川下へと移っていかれます。別に山に住まなくても、町の人が手入れにいけばいいという意見もありますが、暮らすひとたちがいなくなると、身近に森を感じるのが難しくなります。まずは、近くにいる方々に、森の暮らしを思い出していただく。その先に、びわ湖の森と共生し賢く使っていける文化が生まれてくるはずです。
山内 山口さんの言われるように森に住もうとすれば、まず森での生活で生計をたてられることが大事です。そのためには、森の生活を理解する消費者行動に変わっていく必要があります。ただ、消費者行動を変えるのは、なかなか難しい。だからこそ、消費者でもある社員の環境意識を啓蒙するという意味で、企業の役割は大きいわけです。仕事(ワーク)を通じて感じた環境意識を暮らし(ライフ)でも実践できるようにガイドしていくことも、企業の責任として行っていくべきだと思います。そういうことに企業が取り組むことで、暮らし(ライフ)も変わってくるはずです。

藤岡 いま漁師さんらが森へ木を植えに行って、魚付き林(注6)の整備に取り組んでおられるでしょ。これは、海の周辺に森林があり、相伴って生態の系をなしていないと魚が獲れないからです。びわ湖でも、そういう動きが始まっています。山から川を通してびわ湖へ。連続した系として見ないと、びわ湖の問題は解決できません。私は、その中でも、とくに川を健全にしたいですね。


田中一則(たなか・かずのり)さん 大滝山林組合職員係長。平成20年5月に設立された湖東地域材循環システム協議会のメンバーとして、積極的に活動している。現在、同協議会の副会長代理を務めている。47歳

山崎 ただ、その元となる山が非常に荒れていれば、それはびわ湖にとってプラスにならないし、洪水を引き起こすことにもつながります。やはりイヌワシやクマタカが健全にすめるような多様性に富む森が、最終的にびわ湖をいい環境にするのだと思います。そのためには、山をどう賢く使うかです。イヌワシやクマタカも森のすべてを利用しているのではありません。だから、「キキダス」などで山を健康診断し、ここを植林しよう、ここは中小動物のために残そうといったデザインを行うことが重要だと思います。
冨田 最近、日本に来ている中国の研修生に教えられたことありましてね。彼が言ったのは「日本には、すばらしい四季がある」と。そう言われて、この四季を支えているのが、実は地元の里山だということに改めて気付かされました。その意味でも里山保全に力を入れていきたいですね。話は変わりますが、東近江市にある東近江政策勉強会(宮川卓也会長)という民間団体が、いま針葉樹の間伐材などを薪に利用するマキストーブ(高蓄熱式薪ストーブ)の開発に取り組んでおられます。現在のマキストーブは広葉樹の薪を使用しているのが主流ですが、これは針葉樹の間伐材などがたけるマキストーブで、現在、試作中です。このようなさまざまな取り組みによって、ふるさとの原風景がよみがえることを願っています。


最近は、川の上流にそ上しなくなったビワマス(写真提供=県立琵琶湖博物館)

嘉田 森には、四つの価値があると思っています。一つは「使用価値」。まさに木材として使えるということです。二つ目は「存在価値」。これは、イヌワシやビワマスが存在してくれるのも、森があるからこそです。生物多様性の問題ですね。この「存在価値」は、災害の防止にもつながります。三点目は文化と言ってもいいのですが、例えば、人々が森を美しいと感じる価値で、私は「ふれあい価値」と呼んでいます。これを環境の三価値と言っているのですが、いまではそこにCO2問題が加わってきます。森林認証という「交換価値」が出てくるわけです。そこでは当然、排出権取引も生まれてくるでしょう。CO2削減に効果があるならば滋賀の森を、交換価値化することもある程度、やむを得ないと思います。大切なのはバランスです。日本だけではなく世界に対して、滋賀が次世代のモデルになれるよう、滋賀県としては二〇三〇年までにCO2を半減する。今年は、この工程表(ロードマップ=注7)や条例を出していきます。できるかできないかじゃない。やるかやらないかです。びわ湖はすでに温暖化の影響が出始めています。待ったなしの状況であることを、県民の皆さんに知っていただきたいのです。
司会 ありがとうございました。

(注1)湖東地域材循環システム協議会=4面参照
(注2)CO2吸収認証制度=森林によるCO2吸収量を認証し、証書を発行すること
(注3)kikito(キキト)=4面参照
(注4)ホタルダス=昭和六十四年から嘉田知事(当時、琵琶湖研究所研究員)やびわ湖周辺の地域の人たちがホタルの観察を通じて身近な河川に目を向けた活動
(注5)造林公社問題=国の林業施策の失敗もあり、県の二つの公社が総額一千百億円の負債を抱えたため、公社の農林漁業金融公庫(現日本政策金融公庫)への債務を県が肩代わりし、四十二年間にわたり約六百九十億円を返済する問題
(注6)魚付き林=魚が集まってくるように、海岸、川岸、湖岸などにつくられた森林
(注7)ロードマップ=温室効果ガス(CO2等)が半減された低炭素社会実現に向けた工程表


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