強く豊かな東近江市へ 新春インタビュー2016

■平成28年1月1日(金) 第17385号

=小椋正清 東近江市長=

今年の一字は『志』
 昨年の市制10年から、今年はさらに新たな10年に向けた年になります。11年目に入り、市民の皆さんが心を一つにして志を持とうという思いから“十一”と“心”で「志」を年頭の一字としました。

 東近江市三代目市長就任から四年目を迎える小椋正清市長。任期締めくくりの年として、この一年にかける思いを語ってもらった。(聞き手・松村好浩)

――市長任期の最終年となりますが、ここまではいかがでしたか

 自分なりに全力疾走してきたつもりです。「強く、豊かに」をモットーに、三つの柱、五つの基本政策に沿って市政を進めています。

――市長肝いりの事業を挙げるとすると

 愛知川の源流から河口までを一つの目線で見て政策が打てるのは、最大のスケールメリットです。これを生かしつつ、さらに何ができるかだと思います。
 そこでまず、市役所の組織として昨年四月に森と水政策課や林業振興課を設置しました。森林はこれまで邪魔もの扱いされてきましたが、鈴鹿山脈六十キロのうち著名な山々が集中する三十五キロは本市にあり、人が集まる要素がいっぱいです。
 昨年認定した「鈴鹿10座」では、安心して山を楽しんでいただけるよう山に手を加え、人が入ることで土砂災害を防ぎ、さらには、河川や琵琶湖が浄化されます。伊庭内湖で獲れる天然ホンモロコを漁業として成り立たせることや、愛知川へのアユの遡上をよみがえらせたいと思っています。

――経済政策はいかがですか

 中心市街地の活性化に全力を傾けたいと思います。需要はあるが供給がないのが本市の姿で、若い人が集まって、楽しく過ごせる場を、早急に充実して行きたいと思います。
 JAZZフェスティバルや二五八祭りなどにはたくさん人が集まるように、潜在的需要があるのですから、市外に行く人を食い止めなければなりません。
 そのためにも、公共交通機関としての近江鉄道の役割が重要です。活性化の核になって、行政と協働で市の発展に向けて一歩二歩踏み出したいですね。
 益々、高齢化が進む中、ちょこっとバスの利便性も、高める必要がありますね。
 国道421号の石榑トンネル完成で、大阪圏だけでなく、名古屋圏へも方向が開けてきました。企業誘致もさらに促進し、観光から物流・文化の交流、人の移動につながれば、もっと活気が出て来る可能性は十分あると思います。

――観光も重要なカードですね

 東近江市には魅力的な素材がいっぱいなので、観光地を磨いていく必要があります。同時に交通、宿泊、食事のインフラ整備が急務です。
 昨年は、県内六市の名所が「琵琶湖とその水辺景観 祈りと暮らしの水遺産」として日本遺産に認定され、本市においても、伊庭地区と五個荘金堂地区が認定されました。県内でのネットワーク化を図り、効果的にPRすることで集客につなげるよう、知事にも要請しています。
 また、中国文化の象徴で、書など素晴らしい展示がされている観峰館はその価値からしてもまさに“宝箱”です。周辺の伝統的建造物群とクロスすれば、大きな観光の目玉になるはずです。太郎坊宮も、アクセス道路や駐車場、近江鉄道太郎坊宮前駅や参道の整備で、集客力はさらにアップするはずです。これに、百済寺、石塔寺、野口謙蔵記念館、ガリ版伝承館、万葉の歴史文化、栗見出在家の湖辺に沈む夕陽等々、魅力的な観光地をつなぐのです。
 鈴鹿の山も、アウトドア企業の(株)モンベルが「フレンドタウン」に東近江市を県下ではじめて登録したことは、大きなインパクトになります。そこに、木地師のすばらしい歴史文化もあります。

――少子高齢、人口減少への対応が迫られていますが

 少子化対策への挑戦が大きな課題です。出会い・結婚・出産・子育ての切れ目のない支援が必要です。本市の合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子どもの平均数)は現在一・六六ですが、二・〇を超える数値にしたい。女性が出産後も働ける環境づくりと保育支援、義務教育期間の医療費無料化など、市民のニーズを把握し、検討したいと思います。
 また、高校を卒業すると、故郷を離れて県外で進学し就職する若者が多いと思います。小中学校の校長先生に「人生の岐路に立った時には必ずふるさとを思うように。また、ふるさとで人生を最後まで送ることが一番幸せなんだ」と指導してもらうようお願いしました。「学生を終えたら東近江市に帰っておいで」と、家の人からも呼びかけてほしい。卒業したら地元や通勤圏内の企業に勤めるという潜在意識を幼い頃から育むこと、“東近江ふるさと帰り運動”のようなことを提唱します。

――高齢者対策や医療政策も重要ですね

 高齢者は社会貢献への意欲がものすごくあり、そうした活躍いただく場を作っていきたいですね。蓄積してきた知識・経験・能力を生かすことで健康寿命も長くなるはずです。

 また、高齢者だけでなくあらゆる市民が安心して暮らせるためにも、必要なことは医療環境の充実です。私が市長に就任して間もなく、国立病院機構滋賀病院が「東近江総合医療センター」として東近江圏域の中核病院の役割でリニューアルオープンしました。その後、平成二十五年四月には、市立蒲生病院を十九床の有床診療所として在宅医療の拠点に位置付け、平成二十七年三月には施設の改修工事を終えました。さらに市立能登川病院は、平成二十七年四月から「医療法人社団昴会」を指定管理者として公設民営化を図り、市内の医療体制は一通り整ったものと考えています。

――強く豊かなまちづくりに必要なことは何ですか

 東近江市に生まれて、生涯を終える時に、「このまちで暮らせていい人生だったね」とみんなが言えるまちにしたいと思っています。また、県内外の人たちにも来てもらえるまちにする。豊かさは、財政力だけでなく、生産性があり、余力があることです。そういう目標に向かって進めたいと思っています。
 若い人たちに夢を持っていただけるまちが一番大事です。「ああいう風に年を重ねたい」と思えるお年寄りがたくさんいるようなまちが、豊かさを感じるまちになるのかな。そのためには、経済的に裏打ちされたものがなければならないので、経済界の支援を求めながら政策を実現していきたいと考えます。
 市長の役割はオーケストラのコンダクターなんです。行政だけではまちづくりは絶対できない。声なき声に耳を傾け、市民と行政が向き合い、みんなで「いいまちにしよう」という思いがないとダメだと常々思っています。


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