戦中供出の釣り鐘展示 企画展「戦時のくらし モノがたり」

■平成29年9月20日(水) 第17916号

=耐乏生活を代用品や体験談で紹介 県平和祈念館、12月24日まで=

展示されている穴あき釣り鐘

 【東近江】 日中・太平洋戦争中の耐乏生活のようすを代用品などの資料や体験談で紹介する企画展「戦時のくらし モノがたり ―もの不足 食糧不足―」が、県平和祈念館(東近江市下中野町)で開催されている。12月24日まで。
 戦中、資源の乏しい日本は、人材・物資などのすべてを戦争にそそぎ込む「国家総動員」体制でのぞんだため、国民は極端な耐乏生活をしいられた。館内では、軍事需要のため供出された釣り鐘、強引な計画で農村地帯を疲弊に陥れた食糧増産の実態、金属製品の代用品の数々を展示している。
 全国の寺院から提出された釣り鐘は、当時の政府機関誌によると、穴をあけて成分分析されたのち、溶かされて軍用機の原料などに回される、としている。


成分分析で開けられた穴(矢印の方向)

 館内に展示されている釣り鐘は、大津市松本の安養寺から供出されたもので、4つの穴(直径約1センチ)は成分分析されたことを示す証拠。しかし、なぜか溶鉱炉に溶かされずに残り、戦後は野洲市の安楽寺の所有となり、戦争の生き証人となった。
 この釣り鐘同様に奇跡的に戻ってきたのは県内22口のみ(県教育委員会調査)で、湖南市と甲賀市水口地域、日野町に集中する。
 市内から見学に訪れた中井利郎さん(67)は「戦中の耐乏生活は言葉だけでは実感がわかなかったが、実際にモノを見ることで苦しい生活の一端を垣間見ることができた」と話していた。
 入場無料。月、火休館。問い合わせは同館(TEL0749―46―0300)まで。
 なお、同館は関連講演として10月22日午後1時半から、「梵鐘(ぼんしょう)を守れ!文化財保護をめぐる戦時下の裏面史」と題して、井上優氏(県教委文化財保護課主幹)が、文化財として後世に残すため、供出命令の出た梵鐘の救出に奔走した、滋賀県の文化財技師、日名子元雄氏について話す。


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