戦後73年 県平和祈念館の体験学習

■平成30年8月14日(火) 第18193号

=八日市陸軍飛行場跡地 児童生徒が掩体壕など巡る=

敵機から戦闘機を隠す目的で建設された掩体壕の内部

 【東近江】 子どもたちがさまざまな体験活動を通じて、戦争の悲惨さを知り、平和の願いを育む体験学習が、県平和祈念館(東近江市下中野町)で年14回実施されている。あす15日の「終戦の日」を前に、八日市陸軍飛行場跡を巡る学習会が開かれた。
 当日は、市内外の児童生徒と保護者の計19人が参加し、出発前に同飛行場の歴史を学んだ。
 八日市と飛行場のつながりは、1914年(大正4)開設の国内初の民間飛行場にさかのぼる。その後、行政の誘致で22年(同11)、陸軍の主要な航空拠点として整備された。戦後開墾され、今ではかつての面影はない。


基地の拡張は、八風街道沿いに東は東近江総合医療センター、西は聖徳中付近まで行われた

 説明を受けたあと一行は、八風街道(国道421号線)沿いの飛行第3連隊正門跡地(東沖野3)へ。最も多い時には9000人の将兵が駐屯し、正門前付近に軒を並べた料亭、食堂には、面会に訪れた家族や宴会に出席する将校が出入りした。現在も営業を続ける店舗がある。
 八風街道を挟んで向かい側には、飛行場前駅(後の御園駅)(野村町)があった。1930年(昭和5)に新八日市駅から2・8キロ延伸して設置され、64年(同39)に廃止された。
 待機用線路が設けられたこの付近は複線だったため、軌道跡の市道もこの辺りのみ幅が広い。


飛行場正門跡に立つ石碑

 さらに八風街道から分岐し、南へ延びる市道を10数分歩き、隊員の安全と飛行隊の守護を祈った冲原神社(東沖野3)に着いた。滑走路を臨んで鎮座した神社は、当時の姿をほぼ伝える唯一の飛行場遺構だ。
 最後に一行は、布引丘陵北裾の掩体壕(えんたいごう)(柴原町)へ向かった。この壕は、空襲が激しくなった戦争末期に、軍用機を隠すため建設されたもの。
 小型機用といえども、「相当大きい」と参加者の感想。内部を見学すると、コンクリートが固まるまで型もたせのため積み上げた土が半分しか撤去されておらず、未完成だったことが分かる。


飛行場最寄りの駅跡

 また、コンクリートの一部が崩れて鉄筋がむき出しになるなど、老朽化が進んでおり、遺構の保存が今後の課題だ。
 学習会に参加した川那辺紗名さん(13)は「初めて参加した小学6年生の時は掩体壕を見てただ驚くだけでしたが、今回は、戦争は2度としてはならない、次の世代に伝えたいと思いました」と、話していた。


隊員の安全を祈った冲原神社

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