県平和祈念館で未来へ語り継ぐ事業

■平成30年8月18日(土) 第18197号

=銃後、戦地の記憶、切々と=

戦中戦後の体験を語る稲垣さん

 【東近江】 県平和祈念館(東近江市下中野町)は13―15日の3日間、平和を祈念する日事業を開催した。
 期間中は、戦争体験者が、空襲や戦後の暮らし、戦地や捕虜収容所での日々を切々と語った。
 この中で米原市在住の稲垣澄子さん(90)は岐阜市出身で、女学校時代の昭和20年7月9日の空襲まで暮らした。脳裏に焼き付いて離れないのは、火の海になった市街地、焼けただれた人、血を流した人、のたうち回る馬。「ふるさとはなくなった」と涙が止まらなかった。
 焼け出された後は、父親のつてを頼って米原駅の官舎に入った。食べ物はなく、野草でしのぎ、幼かった弟と妹は空腹のあまり消し炭のかけらをしゃぶった。
 戦後も、人の命は軽かった。親に捨てられた戦災孤児が、駅のベンチ下や地蔵堂で命をつないでいた。稲垣さんが勤めていた役場窓口にも、行旅人の旅費支給を受け取りに孤児が毎日、あかで黒くなった顔を見せた。行き倒れの孤児を埋葬するのも役場の仕事だった。
 今でも「もし生きていれば、立派な大人になっていたのでは」と思い出すとともに、「せめて命を失った人のためにも平和を祈念してほしい」と、語り継ぐ大切さを訴えた。


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