中央政界特報

■平成30年9月13日(木) 第5376号

「政治特報」

 安倍晋三首相の3選なるか、それとも石破茂元幹事長が勝利を得るか。勝敗に加え、中身(得票数)も注目される。

 安倍首相、石破氏、ともに「政治生命」をかけての戦いになっている。
 安倍首相は名古屋市の会合で声を張り上げている。
 「私にとって最後の総裁選。あと3年、日本丸の舵とりを担う」
 石破氏は、
 「新しい日本を作るために、必ずや勝利する」
 投票の9月20日まであとわずか。
 勝敗にも増して、両陣営には得票数が重要なポイントになっている。
 今回の総裁選から選挙方法が変更され、国会議員票405票と地方票405票を合計し、過半数を得たほうが総裁の椅子に坐る。
 だが、僅差の勝敗でなく、大差をつけられてしまうと、受けるダメージは大きい。
 「政治生命をたたれてしまう」(永田町筋)とまで言われている。
 勝敗に加えて、得票数でも負けられない総裁選だ。
 とくに厳しいのは石破氏。
 現状は安倍首相が優位に立っている。
 いちはやく「支持」の声を上げた二階俊博幹事長、麻生太郎副総理兼財務相をはじめ、党幹部の多くは安倍首相支持に。
 派閥も細田派(94人)、麻生派(59人)、岸田派(48人)、二階派(44人)、石原派(12人)が安倍首相支持。
 石破氏を支持しているのは石破派と竹下派の参院議員と衆院議員の一部。
 選挙になった12年の総裁選。このとき出馬したのは安倍氏、石破氏、町村信孝氏、石原伸晃氏、林芳正氏。
 第1回目の投票では石破氏が議員票34、党員票165の計199票。安倍氏は議員票54、党員票87の計141票。
 町村氏は34票、石原氏は96票、林氏は27票。
 国会議員のみによる決選投票では安倍氏が108票で、石破氏の89票に逆転勝利。
 その後、石破氏は幹事長の座から外されてしまった。
 今回はどうなるか。石破氏は予防線を張っている。
 「総裁選を人事にもちこむべきではない」
 だが、永田町の見方はシビアだ。
 「勝敗によって人事が行われる。これは総裁争いの宿命」
 主戦場は地方。石破氏は地方票の制覇を目指し全国をくまなくまわっている。
 安倍首相も地方まわりに全力投球。

「次を狙う」

 「次は手を挙げる」
 そう岸田文雄自民党政調会長が断言している。
 群馬県東吾妻町で開かれた自民党の会合での発言だ。
 安倍晋三首相と石破茂元幹事長の一騎打ちとなっている自民党総裁選。
 当初、「出馬」が言われていた岸田氏が、7月24日に「出馬断念」を発表したことでのガチンコ勝負に。
 「飛ばない男、飛べない男と言われているようだが、いざとなれば飛びます」
 そう出馬への意欲を表わしていたが、結局は飛ばなかった。
 飛ばなかった理由について、
 「外交、経済を考えると、首相を変えることは国益にかなうとはいえない」
 岸田氏は48人の派閥所属議員を引き連れて安倍首相支持に。
 岸田氏が狙っているのは3年後、安倍首相からの引き継ぎ。
 安倍首相とは1993年初当選の同期。年齢は安倍首相より2歳下。
 ともに祖父、父が衆院議員だ。
 岸田派名誉会長の古賀誠元幹事長が安倍首相の「集団的自衛権行使容認」を批判していたが、岸田氏は一貫して安倍首相の政策を支持してきている。
 安倍首相の岸田氏への信頼は厚い。
 岸田派(宏池会)の源流は池田派で、これまで池田勇人氏、大平正芳氏、鈴木善幸氏、宮沢喜一氏と首相を輩出してきている。
 2021年の総裁選出馬の意欲を強調している岸田氏の戦いも始まっている。
 「宏池会政権に必ずつなげる」と。
 石破氏への批判も強めている。

「火花散る選対」

 安倍晋三首相の3選なるか。石破茂元幹事長が勝利するか。
 9月20日投開票の自民党総裁選へ向け、両陣営の動きは活発だ。
 永田町では「バチバチと火花が散っている」といった言い方までされているほど。
 「票取り合戦」の指令を出しているのが選挙対策本部。
 安倍首相陣営の選対本部長は橋本聖子参院議員だが、実質的に仕切っているのは選対事務総長の甘利明元経済再生相。
 石破陣営の選対本部長は竹下派の尾辻秀久元参院副議長。
 安倍対石破の戦いは甘利対尾辻の戦いなのだ。
 「甘利氏と尾辻氏のメンツをかけた総裁選になっている。ともに、絶対に負けられない」(永田町筋)
 甘利氏は49年8月27日、神奈川県生まれ。慶応大学法学部卒業後、ソニーに入社。その後、父・正氏の秘書を9年間務めて議員バッチを。小渕内閣で労働大臣、麻生内閣で行政改革大臣、安倍内閣で経済産業大臣などを歴任。
 TPP交渉の総指揮をとり、大筋合意につなげている。
 安倍首相の側近で絶対的な信頼を寄せられている。
 尾辻氏は40年10月2日、鹿児島県出身。東大中退後、県議に。東大在学中にアルバイトをしながら世界100カ国を周っている。89年の参院選で初当選。TPPには「大反対」を。
 「地方票でも勝利する」と甘利氏。
 尾辻氏の竹下派は衆院と参院の議員の間で「安倍支持」と「石破支持」に割れている。それだけに地方票獲得に「全力」の指令を出している。

「必勝法」

 立憲民主党枝野幸男代表の目は来年夏の参院選、さらに次期衆院選挙を睨んでいる。
 異常な酷暑がまだ続く8月27日、新潟県湯沢町で開かれた立憲民主党研修会。
 冬には豪雪となる湯沢町だが、今年の夏は他にもれずの暑い毎日。
 全国から集まった当選1回の衆院議員、それに衆院選立候補予定者約40人を前に枝野代表は声を張り上げた。
 口をとがらせ、ときにはゆがめながら説いたのは「選挙必勝法」。
 1年前の昨年10月の衆院選挙。
 旗揚げしたばかりの立憲民主党は善戦というより「勝利」だった。
 「排除」された面々が集まっての戦いだったが55人が当選。
 希望の党を始め、他の野党を押しのけて野党第1党の座を確保している。
 枝野代表による「必勝法」は選挙ビラの書き方など、それこそ選挙のイロハから入っている。
 そこには次期衆院選挙に対する危機感が。
 立憲民主党の衆院議員は比例区で復活当選した若手が多い。
 この事実からも、厳しい選挙になるのは避けられない。
 立憲民主党で気になるのは各世論調査の結果。
 旗揚げしたときの支持率は高かった。世論調査の多くが10パーセント超に。
 あれからちょうど1年。支持率の下落が続いている。世論調査の中には10パーセントを割り込んでしまっているものも。
 選挙での必勝法にも増して、支持率下落にストップをかけることができるか。
 政策として豊かさを実感できる「エダノミクス」を強調しているが。

「子育て支援」

 代表選に勝利した玉木雄一郎国民民主党代表。
 津村啓介衆院議員に3倍もの差をつけての圧勝だった。
 衆院38人、参院23人の計61人のトップに立ったことで、強い意欲を。
 「政権を取る」の声も高くなっている。
 他の野党と「統一会派」を組む考えも明らかにしている。
 代表選前までは野党連携ではなく、国民民主党単独での政権取りを強調していたのだが。
 前面に押し出している政策は大胆というより「奇抜」といったものも。
 安倍晋三首相による「アベノミクス」以来、「ミクス」が永田町での合言葉のひとつに。
 立憲民主党枝野幸男代表が打ち出しているのが「エダノミクス」。
 「格差をなくし、それによって個人消費を伸ばす」と、豊かさを実感できるものにしようというもの。
 玉木代表が主張しているのは「子育て支援」だ。
 その内容は第3子以降の子に1千万円を給付するというもの。
 なんとも思い切った政策だ。
 これを行うには1兆6千億円余の財源が必要になる。
 それでも玉木氏は強気。
 「子ども国債」を財源にする考え。
 勝利したが、党内には玉木氏に反発する声があるのも事実。
 まずは代表としてどう党内を掌握していくことができるか。
 来年には参院選が控えている。これが最初の関門。
 そのためには支持率を高くすることが急務だ。
 現状は1パーセント台にも届いていない。

「派閥旗揚げへ」

 自民党総裁選出馬を断念した野田聖子総務相。
 断念したのは立候補に必要な国会議員20人の推薦人が集まらなかったため。
 野田氏を「総裁に」と浜田靖一元防衛相、小此木八郎国家公安委員長らが動いたが、20人の壁は厚かった。
 野田氏は「力不足だった」と。
 15年の総裁選でも野田氏は20人の壁に阻まれている。
 だが、このときは19人まで推薦人をつかんでいたが、今回は「10人を少し上まわったぐらいではないか」(永田町筋)という厳しいものに。
 野田氏は「派閥は必要ない」の考え方で通してきているが、やはり派閥の力が現実には大きくものをいってくる。
 石破茂氏の派閥「水月会」は自身を入れて20人。
 今回、派閥所属議員だけでなく、竹下派から尾辻秀久氏ら5人が推薦人に加わっている。
 野田氏は21年9月の総裁選を目指すことを明らかにしている。
 それにあわせ「固まりをつくる」と派閥旗揚げへの意欲を。
 自民党が結党されたのは1955年。
 その1年後に派閥ができている。
 池田派、佐藤派、岸派、河野派、大野派、石井派、石橋派、三木・松村派が。
 これまで派閥として最大勢力を誇ったのは83年の田中派、総勢120人という巨大軍団。
 しかも「鉄の結束」を誇っていた。
 現在の最大派閥は細田派の94人。
 「政権の座」に強い意欲を持っている野田氏だけに、派閥旗揚げは遠くない日に。

「父親しのぐスピード出世」

 小泉進次郎自民党筆頭幹事長が、国会議員として10年目に入った。
 「10年目がはじまりました」
 1981年に生まれ、04年に関東学院大を卒業し、06年に米コロムビア大学大学院に留学。
 米国の戦略国際問題研究所に勤務したあと、09年の衆院選に出馬し初当選。
 10年目に入ったことで国会議員としての重さを再認識している。
 「考える毎日」と。
 父親の小泉純一郎首相が国会議員からの引退を正式に表明したのは08年9月27日、地元横須賀市で支援者に。
 このとき檀上に進次郎氏を上げ「政治家になれといったことは一度もない。私が27歳の時よりしっかりしている。親ばかかもしれないが」と、後継者として立候補させることを明らかにしている。
 国会議員になってからは、純一郎氏が言っていたように、父親よりもはるかに早いスピード出世。
 1年生議員で花の予算委員会で質問者に抜擢され、13年には青年局長に就任。
 この年の9月30日の臨時閣議で東日本大震災の復興担当を兼ねた内閣府政務官に決まっている。
 初当選してから4年で政務官。
 父親が政府の役職(大蔵政務次官)に就任したのは初当選から7年。それも当選3回目で。
 スピード出世は止まらない。昨年秋から筆頭副幹事長を任されている。
 選挙では応援演説でひっぱりだこ。
 2021年9月の次期総裁選では「本命」になっている。当選もすでに4回を重ねている。政権取りでも「父親越え」か。