滋賀報知新聞(ニュース)平成12年1月3日()12101号

★国際交流新時代

―新たな発展への脱皮―

昨年十一月に八日市市で開催された「二五八祭」のフリーマーケットに出店、市民と交流する米国ミシガン州マーケット市の友好親善使節団のメンバー

 交通手段、通信手段の発達は世界の国々の距離をどんどん縮めてきた。そして、インターネットの登場は、かつて何日も、何か月もかけなければたどり着くことができなかった場所へさえ、いとも簡単に、瞬時につながることを可能にした。

 共通のテーマをきっかけに外国の地域や都市などと友好と親善を深める国際交流。県内では長浜市が他の市町村に先駆けてドイツのアウグスブルク市と昭和三十四年に姉妹都市締結。

 県も湖が取り持つ縁で四十三年にアメリカのミシガン州、五十五年にブラジルのリオ・グランデ・ド・スール州、五十八年に中国の湖南省と姉妹都市に。

 このあと、各市町村もミシガン州や湖南省の各都市をはじめ、スイス、イタリア、カナダ、スウェーデン、ブラジル、ポルトガル、オーストラリア、韓国など、様々な国の都市と姉妹都市、あるいは友好都市としての関係を結んだ。
 それぞれの交流は、行政、市民、各種団体、スポーツなどの友好親善使節団や、留学生、研修生の派遣、学校や民間レベルでの交流など、それぞれの目的をもって継続、発展している。
 二十一世紀の扉の前に立ち、国際交流は単なる友好、親善の交流から、新たな段階へ模索が始まっている。


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★インターネットでのEメール交換

(八日市市)
 二年前から文通やインターネットでのEメール交換などで交流を深めてきた八日市市立御園小学校とマーケット市のウィットマン小学校が昨年十一月二日に姉妹校協定を締結。

 調印式では全校児童で使節団を歌や記念品交換、「御園太鼓」披露などで大歓迎しするセレモニーも行われ、使節団と子どもたちが交流を深めた。

 現在、同校ペンパルクラブ二十六人と二年生三十九人が奥弘子教諭の指導で、手紙やEメール、写真、学校や家庭での出来事を描いた絵、書道などの児童作品、アメリカでも流行しているポケモンカード、文房具、プレゼント、クリスマスカードや年賀状などの交換を通して、子ども同士の相互理解と交流を続けている。子どもたちは、週一回のクラブの時間を楽しみにしている。


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★20畳八日市大凧飛揚

(八日市市)
 姉妹都市提携二十週年を記念して、昨年来日のマーケット市友好親善使節団と八日市市民が協力して八日市大凧「八日市・マーケット二十周年の交流記念を祝う」を作製。

 十一月六日、両市民合作による八日市大凧を使節団員と作成に参加した市民、ホストファミリー、中村功一市長らが一本の引き綱を心をひとつに引っぱると、大凧は布施公園上空のマーケット市ともつながる大空にみごとに舞い上がった。両市交流の歴史のきずなからは、様々な方面、分野に分かれるたくさんのつり糸が友好の大凧と結ばれ、両市民の親善交流の風に乗り、さらに高く、勢いよく揚がることを願って。


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★姉妹都市提携調印

(八日市市)
 県とミシガン州の姉妹関係締結以後、市からも州の各都市へ青年の訪問が始まる。昭和五十二年州使節団のサムエル・ミルシュタイン団長が非公式に市を訪れ姉妹都市提携を打診し、帰国後にマーケット市を候補に選んだ。五十三年市使節団がマーケット市で大歓迎を受け、五十四年にプライス・ヘンリー・デュアフェルト氏を団長とする使節団八人が八日市市を訪れ、八月十三日、マーケット市長代理のビル・ウィルソン市議と当時の山田正次郎市長が協定書に署名調印(上写真)。両市の姉妹都市としての交流が始まり、毎年交互に友好親善使節団を派遣するなど、交流を深めている。

姉妹都市20周年を迎えて

八日市国際交流協会長 鈴木文七

 マーケット市と八日市市が姉妹都市提携を結んでから二十年目を迎えました。
時の流れは早く、振り返ってみると、まことに感慨無量なものがあります。その間両市の人員交流をみますと、当市より北ミシガン大学へ現在二十人目が留学中であり、マーケット市より八日市市へ訪問された使節団員の数は百五十名、当市よりマーケット市への使節団員の数は百六十六名になっております。これらの団員一人ひとりには、それぞれ家族や友人や知人がいることを考えますと、優に一千名を超える両市の市民が直接、間接に人的交流に関係してきたことが考えられます。

 外国との交流、異民族間の交際は本来速成であってはならず、ゆっくりあせらず、時間をかけてゆくべきものでしょうし、こうして二十年間、双方の関係者の努力によって、徐々にではありますが確実に、両市民間の交流の輪が広がり、相互の理解が深まって、友好ムードが高まってまいったことはたいへん結構なことですし、有意義で実りの多いものだったと考えております。

 しかしながら、今後もこのままの状態で続けていってもよいのかどうか、「二十年」を一つの転機として、より以上、友好な姉妹関係になるための反省をもつべきものだと痛感しています。
 マーケット市側からも最近は、文化面での交流や、経済交流を望む積極的な姿勢が示されてきております。八日市市においてもこの際、市民の生活に密着する文化、経済全般にわたって、マーケット市との交流を真剣に考えてゆくべき時が来たのではないかと思います。

 姉妹都市提携の当初に交された協定書によりますと、「双方の市は、今後、各分野において交流を図り、理解を深め、協力しあい、相互の繁栄と幸福をもたらすために力を尽くし」と明記されてあります。この協定書の精神にのっとって「二十年」という時点で、初心に帰って、両市間の姉妹都市関係をより有効に、地域の発展につなげてゆくよう、意欲を新たにして、二○○○年から今後の交流を図りたいものと抱負を抱いております。市民の皆様のご理解とご協力を心より念じている次第です。

留学生派遣


 同大心理学部長で姉妹都市提携調印時のマーケット市友好親善使節団長プライス・デュアフェルト氏の尽力で昭和五十五年に実現。毎年一人ずつ、現在まで二十人が派遣されている。

第一号名誉市民

 姉妹都市締結に尽力し、来日中に両足切断という不運な事故に見舞われながら、締結以後もマーケット市側の責任者として活躍に加え、州立北ミシガン大への留学生受け入れなど、両市の友好親善交流への計り知れない貢献をたたえて、平成六年八月、八日市市制四十周年記念式典の席上で、第一号名誉市民称号がプライス・ヘンリー・デュアフェルト氏に贈られた。


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★関西弁も流暢な
近江八幡市の三崎リンさん

日本に帰化する胸の内

子供の声に耳を立て、一生懸命に聴く三崎リンさん(安土小で)

(安土町)
 八年前に国際結婚し、近江八幡市で暮らす北アイルランド出身の三崎リンさん(33)がいる。現在は、安土町の小学校での英語指導と同市勤労青少年ホームで英語教室を開くなど、家庭を持ちながら地域の人々と積極的に関わっている。日本語一級の資格をもち勉強家でもあるリンさん。海外から見た、日本人と社会、そして教え子の児童たちへの想いを語る・・・。

ubアイルランドと日本の子供の違いはどういうところでしょう
 一番大きな違いは、北アイルランドでは、小学生の時から将来の進路を考えています。大学に進むか、職業学校に行くかです。家族や近所の人からも大きくなったら何になるの、とよく尋ねられますし、14歳で進路を決める試験を受けますので、早い時期から自分の目標を持つよう教育されます。

 日本では、どうしてここに来ているの、とか何をしたいの、と尋ねても「別に・・・」という答えが帰ってくるのが不思議です。また、18歳になると、自立を目指して家を出るのが普通です。日本のように大人になっても親と一緒に暮らすことは、考えられませんね。日本はまだ、学歴重視の社会ですが、北アイルランドでは、何を勉強し、人間としてどれだけ成長したかが問われます。早く社会に出ていろいろ経験している方がいいと思われてますね。

 北アイルランドは、(テロの頻発など)大変な社会情勢があり、朝「いってらっしゃい」と送り出しても、無事に帰ってこられるとは限りません。極端な話しですけど・・。だから小さい時からという意識があるのかもしれません。

ub子どもたちに何を望みますか
 学校では、出会う子供たち一人ひとりに声を掛けるんです。そうするとこども達はピカーと(心に)灯がついたようになるんです。日本の子どもは、答えをいずれは先生が教えてくれると思っているんでしょうね、受け身の子が多いんです。自分が頑張って取り組まないと答えは出ないと言うことを教えることも大切です。みんなすばらしい才能の持ち主です。それをちゃんと引き出してあげられているかは大人の問題です。みんなすごいですよ。

ubそれでは、どういう接し方を・・・。
 私は、同じ人間だと言う立場で接しています。宇宙から降りて来た訳ではありません。普通の姿を見せるようにしています。例えば、学校近くの平和堂に買い物に行ったり、外で出会った時は、家族を紹介するようしています。生活の中でも接する機会を増やし、普段の姿も見せて、区別のない理解をしてもらえるようにしています。

ub子どもを教えていて楽しいことありそうですね
 みんな一生懸命やっていてくれることです。普段、自然にしゃべってきてくれる人が少ないから、子供たちがそうして来てくれることが何よりもうれしいです。子供はみんな素直です。袖口を引っ張って「ねぇ、先生・・・」なんてこられたらとてもうれしいですね。

ub国際結婚され、近江八幡市内に住んでおられますが・・・
 はじめは、騒がれました。別にイギリスと日本が結ばれた訳でもないのにね。 主人と私が一緒になったと言うことだけなんですが・・・。「国際結婚、大変ですね」とマイナス面だけが注目されました。日本人同士でも遠く離れた場所の男女が一緒になればいろんなことがあるでしょう。もっとプラス面を見てもらえないのが残念です。今まで、ブラス面を見つけようとされなかったから外国人とうまく行かなかったのではないでしょうか。

 結婚して非常にショックだったのは、戸籍には外国人の名前が乗せられないので、妻の欄が空いていることです。国連でも人権が叫ばれているのに結婚しても自分の生活が保障されないのです。永住権が欲しかったですね。やっと昨年11月に帰化を認める書類が届きましたので一安心ですが、イギリス国籍を失うことは寂しいです。でも、ここで頑張る決心が出来てよかったです。

ub日常生活の中でつらいことは・・・
 一番つらいのは、非人間扱いされることです。(外国人は)日本語がしゃべれないと言う認識があるんですね。市民病院に行ったときのことです。最初から「通訳の方はどこですか?」と言われたんです。「もしもし、私、日本語しゃべっているでしょう!」と言い返しました。また、電話で注文した後、じゃ、伺ますと自宅にこられて玄関を開けたとたん「アレー!」という表情をされるんです。宇宙人でも出てきたような驚きの反応なんです。そういう態度を見せられると「お宅からは何も買いません!」と言いたくなるんです。

 ビックリすることは解るんです。笑ってごまかすこともありますが、続くとムカッとなるときもあります。つきあいの上手な人はその驚きをを心の中にしまえると思います。「ヒァー!」と思ってはるけど、その気持ちをうまくカバーしている人間性が、そこで大きく別れるように思います。この間、休日病院に行ったとき、若い男の人が「日本語、話せますか?」と訊いてこられた。「あなたはエライ」と私、ほめてあげました。話せないで当たり前と考えず、丁寧に日本語が解るかどうか 尋ねてくれた。もし、NOと言えば、その医員は、通訳出来る人を捜してくれるつもりだったのではないでしょうか。外国に行って「英語出来ないでしょう」と言われているのと同じです。話せるとしたら、すごいショックでしょう。
でも、日本語を話さない外国人も多いですね。

 外国に住むなら、その国の言葉を勉強するのは当たり前のことです。失礼な話しですよね。でも、日本人は英語を使いたがるから、外国人にとって都合がいいんです。特に京都に30年も住んでいて、日本語をしゃべらない外国人も知ってます。本当にその国のことを知ろうとしたら、言葉から入らないと話しにならないと思います。 私は、日本語をよくしゃべるので「おもしろくない、外人らしくない」と言われますが・・・。

 言葉が違っていても人間考えていることは同じだと思います。今、子供たちに英語を教えていることは大切なことです。いろんな英語を覚えていってくれるとうれしい。そして、世界中のどこに居ても信頼される人になってほしい。日本は、資源がないからいろんな国と仲良く付き合って行かなくては困るでしょう。いくらお金を出しても「いらない」と言われたらどうしょうもないでしょう。お互い、助け合いながらやっていけば困ったことがあれば、自然に助けに走ってきますよ。これからの子供は、そうした考えを持っていることが大切だと思います。


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