滋賀報知新(ニュース)平成15年1月6日(月)号外


河辺いきものの森の最寄り駅

新駅「エコステーション」

=近江鉄道八日市−五個荘駅間に計画=

新駅「エコステーション」の計画予定地
(湖東・八日市市)
 八日市市は、近江鉄道本線の八日市駅と五個荘駅(約四・四キロ)の中間地点に、河辺いきものの森(同市建部北町)の最寄り駅として新駅「エコステーション」を計画している。設置検討市民会議から提言を受けた基本構想を具体化するためのワークショップを開き、新駅のコンセプトを「自然の素材を使った、手作りで木のぬくもりと風の音を感じる、わくわく・どきどきの森の入り口」と決めた。

 平成十三年の九月議会で新駅設置請願が採択されたのを受けて、学識者や鉄道事業者、地元関係者、利用者、森の保全活動団体、行政らで組織のエコステーション設置検討市民会議を立ち上げ、河辺いきものの森への交通手段として、新駅設置ににかかる具体的な方策の検討に入った。

 総合学習が求められる中で、市内はもとより県内外の児童生徒の環境学習や自然体験の場として、また高齢者などの生きがいづくりの場として、オープンした河辺いきものの森にふさわしい駅と、環境に優しい鉄道利用を柱に協議を重ね、新駅を「環境こだわり駅」に求めている。
 提言では、二両編成に対応したプラットホーム、トイレ(水洗)や情報発信施設(待合室・待避所)、ホームへの乗降スロープ、駐輪場(レンタサイクル基地)、植栽とビオトープなど周辺整備に環境配慮を促している。

 新駅から河辺いきものの森へのルート整備(約一・一キロ)には、野道の良さを生かした道路、道沿いの田畑の作物や伝統・文化などを解説する工夫、農村風景と鈴鹿の山並みとともに、湖東平野の暮らしを感じさせるインパクトが必要とした。

 同市民会議が打ち出した提言の中には、新駅基本構想を具体化するためのワーキング・グループによるワークショップ開催も盛り込まれた。現在、市民と行政が一緒になって考え、アイデアを出し合い、計画実現のほか管理運営への協議を進めている。

 昨年中にネイチャーセンター(河辺いきものの森内)で三回開いたワークショップでは、新駅イメージを風情、雰囲気、将来像、役割などから検討を加え、新駅コンセプトを「自然の素材を使った、手作りで木のぬくもりと風の音を感じる、わくわく・どきどきの森の入り口」と決め、新駅に必要な施設の具体的検討に入った。

 今後は、新駅計画平面図の作成、新駅設置の実現方策などを探り、業者の工事と市民参加型に分かれた施設整備ほか、農村をイメージできる植栽、沿道の景観づくり、作物の解説・管理への地元協力を中心に話し合い、三月中には具体的な整備方針をまとめる。

 八日市市は、新駅を河辺いきものの森のサテライト・ステーションと位置付け、市民・行政・鉄道事業者を巻き込んだ全国に発信できる「環境こだわり駅」を目指し、本年度予算に約二千万円を盛り込み、駅前広場(約八百平方メートル)の用地取得を終え、取り組む文化財調査が済み次第、造成工事に取り掛かりたいとしている。


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外観は烏帽子

秋にオープン予定「道の駅」

歴史薫る鏡地先国道8号線沿い
=北のアグリパーク出現=

源義経の烏帽子をかたどった外観が特徴的な道の駅の模型
(湖東・竜王町)
 食事やトイレ休憩、長距離運転の間の睡眠、土産物の販売など、道路沿いに設けられた「道の駅」は、快適なドライブに欠かせないほど定着してきた。平成五年から昨年八月までに全国七百一カ所、県内では、土山町、朽木村、新旭町、愛東町、大津市、近江町、栗東市、湖北町、草津市が道の駅に登録されており、今年秋には新たに竜王町が加わる。


 竜王町は、鏡地先の国道八号線沿いに、今年秋オープンを目指して、地域振興施設やトイレ、約六十〜八十台分の駐車スペースを兼ね備えた「道の駅」(総面積約一万一千平方メートル)の建設を着々と進めている。

 鏡地区は、渡来文化を根付かせた天日槍を祭る鏡神社や源義経が京都鞍馬山から修行を終え奥州へ向かう途中に宿泊し前髪を落とし元服した池が残っており、中仙道の宿場「鏡宿」として多くの旅人でにぎわった歴史を持つ。

 国が行った調査によると、鏡地先付近の国道八号線は、平日に一日約二万七千台の車が通過している。福島茂竜王町長は、「道の駅の魅力は、地域ごとの歴史や特産品など知りたい情報が凝縮していること」と、ドライバーの足を止めるインパクトある施設にしようと外観にもこだわった。

 源義経の烏帽子をイメージした屋根が特徴的な地域振興施設(一千三十二平方メートル)は、鉄筋二階建てで、烏帽子の部分をイベント会場に活用するため屋外テントのような形態にした。

 一階には、約五十人が利用可能なレストランコーナー(百平方メートル)や、竜王産の新鮮な野菜や果物を販売する地場産品販売コーナー(百八十平方メートル)、地元企業などの商品を販売する展示販売コーナー、鏡の歴史を中心に大陸文化を伝承する歴史コーナー(百八十平方メートル)が設けられる。

 また、二階は、事務所と会議ができる研修室二室が設置される。

 農業を基幹産業とする竜王町だけに、福島町長は「町内でしかとれない野菜や農薬を使わない安心安全な農産物を、生産者が対面方式で販売できる場を確保したかった。固定客が付くほど好評を得ているアグリパークのように、消費者との対話を通して売れる農産物を生産し、道の駅を核に農業のさらなる発展につなげたい」と語り、農家を中心に年中安定した農産物の供給と流通システムの確立、生産者の拡大を課題にあげる。

 総事業費は約十億円にのぼる見込みで、国道八号線沿いには福井県にしか道の駅が存在しないことから国からの大幅な補助を町では見込んでいるが、設備投資以上に地元を潤すだけの利潤と効果が上がられるか、今年立ち上げられる第三セクターの経営手腕と地元住民の継続的な事業参加が注目される。

 今後、住民からの公募により決定した道の駅の名称を発表し、五月には国土交通省への登録申請、八〜九月には登録証が交付される予定だ。

 休憩や情報発信といったドライバーと地元住民の交流以外にも、野洲町や近江八幡市と隣接する立地条件から地域との連携が深め、周辺地域の活性化を促す起爆剤となることが期待される。


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4月開所

ほっとするあたたかみ

=竜王町山之上の「万葉の里」に新施設=

(湖東・竜王町)
 もしも自分がぼけてしまったら。もしも痴呆症の家族を介護しなくていけなくなったら。もしも老後を一人で過ごすことになったら。平成十三年版高齢社会白書では、六十五歳以上の高齢者が占める割合が同二十二年には二二・〇%、同五十二年には三十%を超えると予測している。高齢者が増え続けている今、介護に関する問題は他人事ではなく、施設運営者やサービス提供者は心穏やかに暮らせる居場所づくりに試行錯誤している。


 社会福祉法人雪野会(寺嶋一雄理事長)は、竜王町山之上にある介護福祉施設「万葉の里」の西側約五千平方メートルの敷地に、生活支援ハウスと第二デイサービスセンター、グループホームが連なる三施設(二千二百平方メートル)の建設を進めており、今年四月に開設させる。

 蒲生・竜王の両町の支援を受けて公設民営の形式で立ち上げられた同会は、介護老人福祉施設(五十四人)とショートスティ(十六人)、ケアハウス(十五人)、デイサービスセンター(二十人)の既存の施設と併せて、多様化する高齢者介護・看護に対応できる総合的なケア機能の充実のため、新施設建設に乗り出した。

 三施設の一番南側に位置する生活支援ハウス(六百六十平方メートル)は、日常生活に介護を必要とせず、痴呆症を発症しているわけではないが、一人暮らしや高齢世帯で居宅での生活に不安を抱えている人を対象に、安心して生活できる環境と住居を提供する。    

 ハウス内には、和室六畳間とトイレ、流し台付きの個室十室のほか、テラスや集会室、談話コーナーが設けられ、入所者同士の交流が図れるような空間が作られている。介護保険外の施設であるため、入所者は町へ申請後、両町と施設職員の審査によって決定される。入所費は、支給されている年金の額を国の基準に照らし合わせたもので、月額〇〜五万円となっている。

 在宅介護を支える第二デイサービス(一千九十平方メートル)は、一日当たり三十人の利用が可能で、個人のニーズにきめ細かく対応するため小集団での運動やゲーム、理学療法士による機能訓練が実施される。

 自分の家にいるような雰囲気の中、痴呆性高齢者が共同生活するグループホーム(四百六十平方メートル)には、六畳の和室五室と洋室四室が設置される。食事の用意や洗濯、掃除など入所者が、仲間や職員の手を借りながら実践することで、痴呆の進行を遅らせ問題行動の減少を促す。入所費は、介護認定区分に応じて介護にかかる費用の一割負担と部屋代や食材料費、管理費など日常生活にかかる費用約七万八千円を合わせて、月額計約十万円になる見込み。

 家庭の温かみと安心感を再現することに重点を置いた施設の総事業費は約五億円で、既存の調理場では新施設の入所者やでサービス利用者の食事を賄えないため、近く改修されるためさらに膨らむことが予想される。

 入所・利用者募集は、竜王・蒲生町内の人を対象に今月から行われる予定で、同会は「施設メニューを増やし、老人福祉に対して多角的展開が行えるよう幅を持たせた。地元住民の協力を得ながら、頼られる施設になるよう努める」と意気込む。

 施設に入ったのだからとやりたいことを我慢しあきらめることなく、家にいるときと同じように生活できる環境づくりや、家族の枠を取り払った居住スペースの確保が、老いへの不安を和らげる。

 


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アメリカの地方行政に学ぶ視点

近江八幡市企画課参事・田中美紀雄リポート

業務処理の考え方の相違
=スピード化と合理性=

田中氏が(1級建築士)与えられた業務席
(湖東・近江八幡市)
 行政サービスの向上を目指して、開発等の許認可について先進的な取り組みをするようになった近江八幡市の姉妹都市で私(51)にも深く縁あるグランドラピッズ市のデベロップメントセンターでその秘訣を得るべく約3ヶ月間の研修の身となった。グランドラピッ市はワンストップ・パ・ミッティング(許認可を受けるのにいくつもの課を渡り歩かなくても1カ所にまとめてもっとスピーディにその事務を行うこと)をスローガンに掲げ精力的に許認可業務を行っている。それが、グランドラピッズ市を全米でも活気のある都市にしている。

 
 日本との違いでとまどったり感じたりしたことが沢山あった。最初の戸惑いは初出勤の日だった。大変大事な日という認識で登庁したが想像に反して大変簡素な、そして感動的所な出迎えだった。イースターホリデーによる職員の休暇、体調不良で「休み」をとって所属長もおり、私の緊張とはかけ離れた気楽な雰囲気でだった。

 歓迎会は、「welcome mikio」の垂れ幕の前での朝食バイキングだった。1人1人が立食を楽しみながら挨拶に来てくれた。一同の前で恭しい日本式ではないようでほっとした。

 職場では、年齢や男女による職責の軽重差がなった。名刺や手紙にもジェンダー(性)を表記しない。私は、あるときはミッキー(愛称)、タナカ(田中)さん、ミキオ(美紀雄)の3つの名前で呼ばれ、公的な場では「ミスタータナカ」だった。

 与えられたデスクは、衝立で囲まれた2メートル四方のキュビクル(あるいはプチホテル)と言われているコーナーだった。そこには専用の電話、コンピュータが机や棚等と一緒に備えられていた。私のいたデベロップメントセンター(開発指導の許認可を1箇所で行っている事務所)は1ストップ・ショップで、権限は各職員に分散されているようだった。

 例えば開発行為の申請では、敷地の判断は敷地の担当が、電気は電気の担当が、それぞれの責任で判断し回答を出す。日本の何でも課長へのようなに上位決済を仰ぐということではなかった。「私に任せなさい。私がイエスと言えばとおる」、「私が、私が」という自己主張が尊重されていた。如何に自分が仕事が出来て、役に立っているかを顕示する部分でもあった。その背景に、個人主義が徹底している国民性もある。控えめで自己を主張する姿勢を嫌う日本とはまったく違った。 審査の書類は受け付けた段階で日付や内容がコンピューターにインプットされる。申請書が各課を回るのでなく職員が図面室へ行って審査するシステムは大きな違いだった。

 担当職員は、法令や条例との合致点で照合審査し、答えを出す。この答えは、大変単純で、アプルーブ(承認、許可する)、もしくはディナイ(不承認、不許可)で片付けられる。不承認の場合は理由を示して、申請者に法令に合致するように訂正させたり、場合によっては撤去、補足を指示する。そして委員会に決定を委ねる。

 私は、大変曖昧な部分の判断に際し、決裁についていつも担当職員や課長等が苦労されていることを大変憂慮しており、裁量に任される決裁区分は、同センターのような委員会をつくり、そこで結論を出すことにしたらどうかと思う。住民に直結する開発等の許認可の最終判断は、住民代表で構成された委員会での審議に仰ぎ、その結論を決裁とするというものだ。こうしたことでの苦情はあまりないと聞いたし、私の知る限りでは全くなかった。申請者と申請地近隣の住民との議論により第3者である委員会で判断をすることは、民主主義の原点だと彼らは自負している。

 市職員の仕事の選択は、エレクト(選ぶ)、アポイント(指名)、アプライ(申請)の3つあるが、一般職員の選定や配置は、随時求人募集を行っているところが日本と違う。誰でもいつでもどこからでも応募が可能だった。

 求人は、申請書を提出し、最終面接等で採用を決める。それぞれの部署で、どういった職種の職員が何人必要かと言うことが決められていて、人事異動というものは基本的にない。

 仕事の選択は、民間から市役所へ市役所から民間へ、他の市や町あるいは州からグランドラピッズ市の職員へ、こうした人材交流が日常茶飯事行われている。今月からのグランドラピッズ市職員という就職紹介がいつも行われていた。人々は職を求めて転々としており、日本のように公務員にあこがれたり、うらやんだりというイメージはなった。この制度だと景気が悪い時期の公務員バッシングもなくなるのではと思った。

 私の直属の上司は民間のコンサルタント会社で長く勤務していた。主にワシントンDCで仕事をしていたそうだが、ある時にグランドラピッズ市の仕事をすることになり、その時の市の担当ボス職員と知り合い、募集のあった計画課の課長補佐の職に応募。選考試験や面接試験に合格し、さらに一定の条件に合致して職員となったそうだ。従って上司といえども市に勤務してまだ6年ほどしか経っていなかった。滞在中、日程や他の行政機関等への研修等の面倒を見てくれたジェームズ氏(行政政策管)も市職員となって3年ぐらいだった。それまではノエガ(ミシガン州)という小さな市のシティ・マネジャー(事務市長)を4年間していたという。年齢は30代前半に見えた。

 アメリカの地方自治社会には、中途採用という言葉は存在しない。総ての職員がその経験を積んで得た知識や能力を活かしてステップアップ(昇給昇格)していく。また、反対に給料の低い職位を求めて替わって行く例もある。人が住み、集落、村、町、そして市を形成していくその中で人と人のかかわりの仕組みを作る、そのかかわりの仕組み作りに日本とは、かくも違うのは何故だろうか、そんな疑問が残った。


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八日市大凧
さあ、次へ

まつり 20周年 祝
=保存会 50周年 祝=

八日市大凧保存会の山田敏一会長
(湖東・八日市市)
 江戸時代中頃からとされる八日市大凧の伝統を守る八日市大凧保存会が結成五十年、また、世界に誇る八日市大凧を市民の手で揚げる八日市大凧まつりも二十年の歴史を築き、今年は八日市大凧にとって大きな節目の年となる。

 保存会の誕生は、太平洋戦争により大凧文化消滅の危機を迎えていた昭和二十八年、伝統を復活させようという西澤久治初代会長らによる。三月の保存会設立以来、それまで凧名人の秘伝とされた大凧が一般に普及し、今の形となった。そして、五十年たった今では「国の無形民俗文化財」として全国にその名を馳せ、「大凧のまち 八日市」を世界中に発信している。

 昭和四十九年ごろになると保存会メンバーの高齢化が問題となり、公民館の青年学級や小学校での凧づくり指導による後継者育成の努力が続けられ、その当時、凧の魅力知って保存会に入会した若者たちが、現在の保存会の中心メンバーとして活躍している。
 一方この年、市制二十周年を記念した八十畳敷大凧が東京で開催された国際凧大会で揚げられ、その存在を内外に大きくアピール、行政も伝統保存へ関心を持ち始めた。

 同五十三年からは青年団や市教委とタイアップした成人式大凧揚げが始まり、五十九年には市制三十周年記念で二百二十畳敷に挑戦した。

 この大凧は残念ながら失敗に終わったものの、その悔しさは「年に一度は百畳クラスの凧を揚げたい」という思いを保存会や市民の間に強く印象づけ、十一月の「八日市大凧まつり」開催へと結び付き、毎年五月の第四日曜日には、大勢の参加者や見物客、アマチュアカメラマンが集う、一大イベントに成長した。

 山田敏一会長と中村章副会長は、「絶えず研究と追求を続け、『大きい凧を揚げさせたら八日市が一番』と言われるまで高めていきたい」、そして、「大凧まつりのミニ大凧コンテストのレベルがまだまだ低いのは、保存会のレベルが低いことの証」と、現状への満足を示すことなく、西澤初代会長の言葉「大事なのは次」を何度もかみしめた。

 さして、「大凧まつりの会場に来て、その雰囲気と感動を味わってもらい、その魅力を楽しみながら、いっしょに情報発信できれば」と、新たな八日市大凧の歴史の一歩を踏み出した。

 保存会や市、世界凧博物館八日市大凧会館では記念事業も計画しており、その一弾として、保存会の女性会員による「小町組」結成へ準備を進めている。


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