滋賀報知新聞(ニュース)平成17年1月3日(月)第13991号


温泉が出たぞ!

鈴鹿の郷にまた魅力

=情緒たっぷり 地域振興めざす=

温泉を掘り当てた国内では珍しい大型掘削機。スペシャリストの力が結集した
(湖東・永源寺町)
 鈴鹿の清流と澄んだ空気、自然色豊かな趣が楽しめる永源寺町に、待望の温泉が湧出し、疲れた身体を癒す新たな魅力が加わった。朱塗りの旦渡橋を越えると、目の前には臨済宗永源寺派の大本山・永源寺が広がり、奥深い歴史と文化が漂う日本情緒が満喫できる。

 ぬめり感のある乳白色の湯は、地下千四百七十メートルを流れる大地のエネルギーが湧き出、微かに漂う硫黄の湯温は三七・三度。毎分八十リットル(五分でドラム缶二本分)の揚湯量があり、いつでもクリーンな湯が楽しめるかけ湯方式が採用される。

 紅葉の名所として知られる永源寺町は、観光客のほとんどが秋に集中し、毎年十一月には約二十五万人が訪れるという。春には幻桜のエイゲンジザクラ、秋には可憐なソバの花と手打ちソバが味わえる四季折々の魅力があり、一年を通した観光振興が課題となっていた。

 その突破口となるのが「温泉開発」、地下千三百メートル付近に泉脈があることが分かり、温泉活用の町おこしは住民の願いでもあることから、昨年七月に掘削作業を開始した。

 高くそびえる櫓は、石油掘削の本場・新潟県の業者が製造した国内では珍しい大型掘削機で、わずか三カ月で揚湯量・温度ともに良質の湯を湧出させた。
微かに硫黄の匂いを漂わせ、湧き出る乳白色の湯
 成分は、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、マンガン、炭酸水素ナトリウム等の弱アルカリ性で、身体に対する刺激が少ないことから幼児や高齢者が安心して入れる湯質だという。

 温泉好きの日本人、健康増進や癒し効果など老若男女を問わず楽しめる温泉は地域新興の目玉でもあり、来月、ともに「東近江市民」となる1市4町の住民も期待を寄せる。

 町では「住民の保養施設や宿泊型の観光施設としてフルシーズンの集客を図り、地域全体の活性化をうながすような取り組みを進めたい」と話し、民間資本主導による社会資本整備(PFI)での実現を目指す。

 PFIは、公共事業を民間主導で実施することにより、設計、建設、資金調達、維持管理運営のノウハウを活用する新しい事業方法で、市場原理による効率化やコストダウンを実現させ、利用者に最良のサービスを提供する。

 現在、民間事業者を募っており、来月十一日に誕生する東近江市での事業推進が決まれば平成十八年に施設を完成させ、月に一万人を集客できる温泉施設を目指したいという。


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使えば分かる!「黄金の雫」の良質

―西出営農組合の菜種油―

=蒲生町で初めて 花の栽培=

菜種油の天ぷらは「最高」と語る組合員
(湖東・蒲生町)
 小さな花々が寄り添うように集まり、目にも鮮やかな黄色のじゅうたんで田畑を覆い尽くす菜の花。蒲生町の西出営農組合(川西義一組合長、十一軒)は、“
豊かさ・財産・快活”といった花言葉が表すように、資源循環型社会の確立や観光振興、農業活性化などあらゆる可能性を有している菜の花栽培を平成十五年から取り組み始め、昨年は初収穫した菜種からできた完全無添加の食用油の販売を行った。

 西出営農組合が菜の花栽培を始めるきっかけとなったのが、東近江地域振興局が平成十五年度から資源循環型社会の確立を目指して進めている「東近江菜の花プロジェクト」。

 「琵琶湖を中心とした豊かな自然を守り、人にやさしく、環境にやさしい農業を目指している」と語る川西組合長を先頭に、同組合では町と知恵を出し合いながら同町木村にあるあかね古墳公園近くの田んぼ約三・三ヘクタールに、平成十五年に食用に適している品種「ナナシキブ」の種をまいた。

 昨年四、五月には、田んぼ一面を色鮮やかな花が覆い尽くした。菜の花の背景には、あかね古墳公園の円墳や方墳が望め、いにしえロマンの薫りを醸し出す。また、栽培地の周辺一帯には、人魚が眠る願成寺やお花見にぴったりの桜の並木道など同町の観光スポットが点在している。
女性4人のがんばりで愛らしい姿を見せ始めたスプレーストック

 町産業課では、「菜の花の栽培を通して資源循環型社会の必要性を広く発信したい。菜の花の開花時期には、点在する観光史跡を線で結び、家族や気の合う仲間と訪れていただき、周辺一帯の散策も楽しんでもらえれば」と期待を寄せる。

 開花を満喫した後、昨年六月に初の刈り取りを行い、二千百五十キロを収穫。業者によって精製され、菜種油三百三十缶(一缶=一キロ)が完成した。

 油の神々しい色があまりにも印象的だったことから、組合員が「黄金の雫(しずく)」と命名。この黄金の雫は、一キロ入りで一千二百円と普通の油と比べると少し割高だが、食品添加物を一切使用していない完全自然食油。天ぷらなどを調理するときには、カラッと揚がり、ほんのり黄色に色付き、時間が経ってもべとつかず、油も濁らない。すでに約半分が売れ、町産業課でも直売している。

 さらに、同組合では、昨年、「花部会」を立ち上げた。約二百八十平方メートルのビニールハウス二棟で、同地区の女性四人(平井みね子さん・川西八千子さん・川西きみ江さん・平井ふさ子さん)が蒲生町内では初となる花の栽培に取り組んでいる。

 現在は、スプレーストックという品種が、花の栽培一年生の女性らの思いに応えるかのように愛らしい姿を見せている。京都の大原市場への出荷以外にも、市場の相場に合わせて、ビニールハウスで個人への切り売りも行っている。来年はもう二棟ビニールハウスを増やす予定で、心和ませる花々を少しでも多くの家庭に届けられるようにと栽培により一層力を注ぐ。詳しくは同組合・川西組合長(電話55―1637)へ。


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地域の宝を守り伝えたい

蒲生町岡本地区 ガリ版文化にかける夢

=「ガリ版芸術村」構想=

公民館の一日講座で「手触りが気持ちいい」とガリガリ音をたてながら鉄筆で年賀状の図柄を書く蒲生東小4年の大西由紀恵ちゃんと川西由華ちゃん
(湖東・蒲生町)
 家財を投げ売りゼロからスタートし、寝食を忘れて「謄写版(愛称=ガリ版)」の開発に没頭した蒲生町出身の堀井親子。日本初の偉業を持つ親子の足跡は、御代参街道の宿場町としても栄えた同町岡本地区に深く刻まれている。人から人へと広がり、暮らしの中で光り輝いていた「ガリ版文化」。岡本地区では、古き良き時代が見直されている今、地域特有の文化・遺産を磨きあげ、現代に伝えていこうと、長年温めてきた文化芸術拠点“ガリ版芸術村”構想の具現に向け動き出している。

 ヤスリの上に原紙をのせ、鉄筆で「ガリガリ」と音をたてながら文字や図柄を刻むと、原紙に孔(あな)があく。その紙を刷り台にのせ、インクを馴染ませた刷り枠をおろしてローラーでインクを伸ばすと、その穴からインクが染み出し印刷ができる「ガリ版」。現代っ子にとっては新鮮で、大人にとっては袖を汚して夢中になった子どもの頃の思い出が蘇る懐かしさを秘めている。


◆「簡便な印刷機を」
  堀井親子開発に没頭

堀井親子の開発で日本で初めて生産された輪転謄写機
(蒲生町所有)
 毛筆時代から明治のOA機器革命を起こしたともいえる「謄写版」の発明は、堀井新治郎親子が背水の陣から生み出した努力の証しでもある。

 初代・新治郎元紀は、安政三年(一八五六年)に駕輿丁村(現竜王町)の菱田家二男として生まれ、製茶や養蚕を指導する官吏の道を歩んでいた。明治十六年に醸造業を営む近江商人の名家であった岡本村の堀井家当主が若くして亡くなったため、婿養子として入家。

 勤務していた官庁での膨大な公文書作成を目の当りにした元紀は、事務処理の能率があがらないかと考え、同二十六年に官吏を辞職し、継父関係にある息子・耕造(二代目・新治郎仁紀)も商社を辞め、ともに実用簡易印刷機の発明考案に励んだ。

 堀井親子は、伝統的な染物法の一つである「捺染法(なっせん)」という押し染めにヒントを得て、日本特有の強力な繊維を持つ雁皮紙(がんぴし)にロウを塗り破れにくくした和紙の原紙を、ヤスリの上に置き鉄筆で孔をあけるという方法を編み出した。

 印刷部分については、シカゴでの万国博覧会に簡易印刷機が出品されることを知り、元紀が視察のため渡米。そこでエジソンが開発した謄写版「エジソンのミメオグラフ」と出会い、多くのことを吸収した。エジソンは原紙の素材に薄い洋紙を用いていたが、画数の多い漢字を使う日本では丈夫な紙でないと破れてしまい不向きであるため、堀井親子は和紙による原紙を発明した。

◆謄写版1号機完成
  全国行脚で販路拡張

 郷里の土地や家財などを売却し一家で上京、赤貧にあえぎながらも発明に没頭し、ついに明治二十七年一月に日本初の謄写版第一号機を完成させた。「謄写版」とは、戸籍謄本の文字から連想して命名されたもので、エジソンに次ぐ世界的発明となった。

 これを商品化するため、同年七月に、東京神田鍛冶町に「謄写堂」を設立し、同時に特許申請。堀井親子は第一号機を抱えて全国各地を行脚し、実演しながら便宜さを伝え、官公庁を中心に学校や新聞社、商社などに販路を拡張していった。
 また、明治四十三年には、大量印刷を可能にした「輪転謄写機」の第一号を開発。現在でも、各新聞社では大型の輪転機を使って新聞を印刷しており、現代にも堀井親子の発明は息づいている。

 大正時代に入り、特許期限が切れる中で競争業者の参入が相次いだが、仁紀は販路を海外にも見い出し社業を伸展させた。謄写版技術は、事務機に留まることなく、孔版(こうはん)美術と称される美術印刷にも利用された。堀井親子も孔版技術者の養成に力を入れ、発明家だけでなくガリ版文化の担い手としての役割も果たした。堀井親子が発明登録した数は、昭和二十七年までで六百件以上にものぼるという。

 戦後の高度経済成長期に入ると、謄写版にとって代わり複写機が登場し、ガリ版はあっという間に過去のものとなってしまったものの、アニメ「サザエさん」の台本や県外の小学校で児童の連絡帳への記入にガリ版を使用していたりと、手作りの温かみは今なお人々を魅了している。

◆文化芸術拠点に
  堀井家母屋修復

明治27年に発明された謄写版1号機と和紙の原紙(蒲生町所有)
 蒲生町では、第四次総合発展計画の中に、ガリ版の伝承施設の整備を盛り込んでおり、平成十年には堀井本家より寄贈を受けた岡本地区にある二階建て洋館を修復して「ガリ版伝承館」を開設した。

 謄写版一号機などの展示を通して謄写版印刷の歴史を伝えるとともに、十人ほどがガリ版刷りを体験できるコーナーもある。開館日は毎週水曜日で、町教育委員会と岡本地区老人会が交互に管理している。

 人的資産も含め地域の歴史風土を見つめ直し、自治会単位でこれからのまちづくりを考える蒲生町「わがまち夢プラン事業」の先進的地域である岡本地区(安部春造区長)は、ガリ版文化の伝承を地域づくりの一つに掲げている。

 区内のわがまち夢プラン委員会(岡田文伸委員長)が中心となって、町が約一千六百万円かけて修復している木造平屋建ての堀井家本家の母屋(平成二年に町へ堀井家が寄付)を拠点に、周辺一帯を“ガリ版芸術村”と名付け文化芸術の発信地とする計画を長年温めてきた。

 ガリ版伝承館の裏手に位置する母屋は、贅沢なほどに高く作られた天井とそのの空間を埋めるように張り出した梁が自然光に照らされ、何ともいえない情緒を醸し出し、日本家屋独特の温もりある造りとなっている。

 町は、これまでに蔵も含めて建物六棟の寄贈を堀井本家から受けた。しかし、近年、それ以外の隣接する土地に関して、堀井分家が不動産業者を通じて早急に処分したい意向を伝えており、同地区では堀井親子の足跡が少しずつ失われ、文化そのものが風化していくことに危機感を抱き、町に対して土地の公有化を強く求めている。

◆区民が長年温める
「ガリ版芸術村」構想

 同地区が考えたガリ版芸術村構想案には、芸術家が集うアトリエ設置や明治・大正時代の建築物の中での昭和初期の生活・文化体験事業、堀井家の貴重な歴史遺産の公開、ガリ版機材ステーションの開設、ガリ版伝承館の運営方法の見直し、気軽に集えて美味しい軽食が堪能できる施設などが挙げられており、区民の夢が詰まっている。

 今後、町以外に、NPO法人蒲生野考現倶楽部とも連携して、芸術村創設を進めていく方針で、岡田委員長は「通信手段としてのガリ版を伝えるだけではいけない。堀井新治郎のガリ版はそんな薄っぺらいものじゃない。孔版美術にもスポットを当て、ガリ版を趣味とするような人を増やし復興させたい。さらに、芸術全般の拠点地区にしていきたい」と熱い思いを胸に、堀井親子が苦しみ抜いた末に新しい文化を創造したように芸術村実現を必死に模索している。


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竜王町鏡 「歴史文化の隠れ里」

悲運のヒーロー源義経ゆかりの地

=NHK大河ドラマきっかけに観光振興=

平家打倒を心に誓い前髪を切り落とし元服して源九郎義経を初めて名乗った池を見学する人々
(湖東・竜王町)
 頭脳明晰で優れた軍才を兼ね備えていたにも関わらず、三十一歳と短い生涯を閉じた悲運のヒーロー・源九郎義経を描いたNHK大河ドラマ「義経」(滝沢秀明主演)の放映が、九日から始まる。大河ドラマで取り上げられた主人公ゆかりの地には、毎年、多くの観光客が訪れることから、全国各自治体では観光振興や地域活性化の起爆剤としてドラマ放映に大きな関心・期待を寄せている。義経ゆかりの地である竜王町もその一つで、牛若から初めて源九郎義経を名乗り、檜舞台に上がった歴史ある地域として、観光活性化に向け義経同様に新たな一歩を踏み出そうとしている。

 牛若と呼ばれていた義経は、幼少時代を京の鞍馬寺で過ごし、学問や剣術に励み、平家打倒の機を待った。そんなとき、金売り商人より源氏の味方である藤原秀衡が会いたがっていると聞き、機運到来とばかり弁慶らを連れ、承安四年(一一七四年)三月三日の暁に寺を抜け出し奥州平泉へと出発。

 その夜、近江の国に到着した一行は、鏡の宿の白木屋に宿泊するものの、追っ手に気付き、稚児姿ではすぐに見つかってしまうため、元服(げんぷく=大人になるための儀式)することを決心する。

 白木屋近くの烏帽子屋五郎大夫に、平家とは逆向きの源氏が用いた左折れの烏帽子を注文し、それを松に掛け、池からたらいで水をくみ、前髪を切り落とした。武将となった牛若は、源九郎義経と名乗りをあげ、源氏を再び興すことを鏡神社で誓う。

 地元の歴史伝承や環境整備、史跡の立札設置・案内などを行っている鏡の里保存会の会長で鏡神社宮司のほか、烏帽子の屋根が特徴的な道の駅竜王かがみの里の駅長も務める林正治さん(63)は、「義経になってから名をはせたが、その一番最初の名乗りが、ここ鏡の地であった。歴史文化の隠れ里でもある」と語る。社宝として保管しているたらいの現物などを通して、今までスポットが当たることがなかった義経の歴史ロマンを広く発信したいと考えている。

 また、道の駅内にボランティアガイドが常駐する案内所の設置や元服池周辺を「元服広場」として観光客にゆっくりと見学してもらえるよう整備する計画もあり、国道8号線鏡地先にある歩道橋から元服池までの歩道の拡幅も予定されている。

 竜王町では、義経を突破口にしながらも一過性に終わることなく、来年以降も観光客を引き付けられるような観光事業の展開を、昨年十月頃から専門のアドバイザーを置き模索している。

 三月を中心に繰り広げられる義経関連イベントは、道の駅内情報館でのNHK大河ドラマ「義経展」や鏡神社拝殿での講談、元服の里と鏡の宿を語り部とともに巡るミニツアー、中学生から高校生を対象に志しをたて成人する重みを感じてもらう「鏡の里元服式」体験、ボランティアガイドの解説付き「義経歴史探訪ウォーク」(四月二十四日開催予定)など。このほか、各旅行会社が元服池を含め義経ゆかりの地を巡るツアーを企画している。

 さらに、その地域でしか体験できないことを盛り込む着地型旅行観光の活性化を目指して、民家に宿泊しながら竜王町特有の食文化や伝統行事、農業などが体験できるツアーも検討している。


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