滋賀報知新聞(ニュース)平成17年1月5日(水)13993号


若い感性で「大津百町」再生
学生・市民による町家生かしたまちづくり

現代生活と調和した町家活用を提案

=1600軒現存 住民57%「住み続けたい」=

築200年以上の町家を見学する学生ら


 (湖西・大津市)
 大津市浜大津の中心市街地で、昔ながらの伝統的な町家を残そうとする取り組みが、学生と市民、行政、専門家の手で進められている。町家本来の良さを残しながら、若者の発想を生かし、現代生活に調和した町家の保存・活用計画を提案するのが目的。事務局の同市中心市街地活性化室は、「同様の問題を抱える地域のモデルになる」と期待している。

 江戸時代初期から「大津百町」と呼ばれるほど栄えた同地域には、現在でも京風の洗練された町家が千六百棟ほど現存し、貴重な歴史的資源として評価されている。ところが、中心市街地の衰退とともに若者が流出し、住民の高齢化が進み、維持が難しい状況にある。
 取り組みでは、大津市と都市再生機構(横浜市)による「大津都市再生大学校」に応募した立命館大や龍谷大、県立大などの学生、市民の二十人が、一定期間の現地演習を通じて、現代生活に調和した町家の再生計画を提案する。これによって中心市街地で暮らす魅力を高め、活気を取り戻すのが狙いだ。

 昨年十二月には、学生が町家に四日間居住したうえで、生活体験をもとに地元住民、まちづくり団体と意見交換した。同市はこれをもとに、今月に住民対象の都市再生大学校を開き、学生提案を実現できるかどうか検討してもらう。三月には結果をまとめ、フォーラムを開いて発表する。
町家で大切に使われている「おくどさん(かまど)」

 これに並行して町家の現状を探る大規模なアンケート調査が、千棟を対象に昨年十一、十二月に実施された。学生と行政職員が、アンケート用紙を一戸づつ配布し、▽建築年代・様式▽改造状態▽今後の利用方法│について調べた。中間報告では、千票のうち六百三十三票(昨年十二月十日現在)が回収された。

 それによると、江戸│大正の建物は二割、昭和戦前までのものを含めると七割も残っていた。町家の外壁は、伝統的なしっくい塗りや板張りにかわって、半数がタイル貼り、吹き付け塗装などに改装されていた。煙出しや格子といった伝統様式は、半数の町家で失われていた。

 また、生活上で不都合な点は「老朽化による安全性」「伝統工法なので修理が難しい」「駐車場がない」など。 今後の活用については、五七%が「住み続けたい」と答えたが、建て替えや増改築の意向を二五%が示し、現状のままで住むには不便なことが分かった。

 この結果を受け、教官を務める高田昇立命館大学教授は「お年寄りが一人で住んでいる家が多く、このままでは町家は消える。江戸時代からの街が残る歴史的な意味を大事にし、現代の生活と調和させて、生かしていく方法を考えたい」と話している。


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休耕田生かし自然親しむ環境づくり
栗東市の自然体験学校「こんぜ桃源郷」

里山保全に取り組む 澤九麻男さん

=都市と自然結ぶ自称 「里山案内人」=

(湖南・栗東市)
 毎日、満員列車に揺られ、道路の交通渋滞に巻き込まれながら、家と会社を往復する現代のサラリーマン生活。そんな日常生活の中で誰もがふと、心の安らぎを求めて緑豊かな里山に憧れるもの。そこで、遊びの場を提供しながら、里山を保全する澤九麻男さん54(栗東市井上)の取り組みを聞き、都市と農村の人が農林業を生かして交流できる環境づくりを取材した。                   

【石川政実】

こんぜ桃源郷で植樹する治田西小の3年生。中央が澤さん。(こんぜ桃源郷)

 谷川に沿った山道をしばらく歩くと、視界が急に開けた。ここは、栗東市金勝(こんぜ)山麓にある自然体験学校「こんぜ桃源郷」。森林に囲まれた里山には、メダカが泳ぐ池や木の上に建てた山小屋、カキやクリのできる果樹園があり、まるで森の中の秘密基地のようだ。

 現地では、同市立治田西小の三年生十二人も授業で訪問していた。迎えた澤さんは「里山の森林で空気がつくられ、降った雨は田んぼに一旦貯まって、そして流れていく。ここが琵琶湖の入口」と語りかける。田んぼや畑がダムの役割を果たし、木が酸素をつくっていることを知ってほしいからだ。
山道をしばらく歩くと桃源郷がある

 子どもは、自然の空気をいっぱい吸い込み、体でその大切さを感じながら、植樹を体験する。竹でご飯を炊いたり、田植えを体験することもある。参加していた母親も「子どもたちは自然環境の中にいると生き生きしてくる。川で遊ぶと一日夢中で遊ぶくらい」と話す。

 澤さんが自宅裏に所有する休耕田三ヘクタールを、自然に親しめる遊び場に生かそうと思い付いたのは十年ほど前。JR栗東駅開業で同市が大きく変わろうした頃で、「生まれ育った金勝の里山を美しいまま残したい」と思った。

 ところが、澤さんは兼業農家なので手入れする時間を十分とれない。そこで頭に浮かんだのが、ボランティアに里山を開放し、保全に協力してもらうこと。ただし、木を伐採したり、植樹するだけでなく、市民が親しめる環境づくりをしなければ長続きしない。

 澤さんは「遊べる付加価値があるから人が集まり、里山に親しめる」と話す。この取り組みは口コミで広がり、余暇を利用して通うサラリーマンらが米づくりや伐採した木で炭焼き、シイタケ栽培を楽しみ、やがて休耕湿田を保全するためのビオトープ、キャンプができる広場、果樹園もできた。

 澤さんは「里山案内人」を自称し、「土いじりをしたり、森林のにおいをかげば心が和む」と、都市部の人に里山の魅力をPRする。

 かつて里山は薪の供給地で、人との生活に密接に関わっていたが、石油などに燃料がかわって全国的に荒れ、各地で再生に向けた努力が重ねられている。澤さんに保全のコツを聞くと、「徹底して楽しんで、気長にすること」とにっこり微笑んだ。


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子どもの夢育む「知の館」

ヴォーリズ設計の旧水口図書館が復活

水口ゆかりの児童文学者巌谷小波にちなみ 
=童話など文化発信の拠点施設に=

(湖東・近江八幡市)
 冷たい木枯らしが吹く中、昨夏の改修で往時の姿を取り戻した旧水口図書館(甲賀市水口町本町一丁目)=国の登録有形文化財=は、市立水口小学校の正門脇で背筋を伸ばしてたたずんでいた。建築家ヴォーリズの最盛期の作品のひとつで、昭和三年に建設されて八十年近く、ここで児童の成長を見守ってきた。図書館としての役割を終え、老朽化による不要論で一時期は取り壊しの危機にあったが、再び今、市民でつくる「稚木(わかぎ)の会」が、水口にゆかりのある「日本のアンデルセン」※巌谷小波(いわやさざなみ)にちなむ文化発信拠点として保存、活用に動き出している。子ども達の想い出がいっぱい詰まった同館を訪ねた。

 「子どもながら大事な建物、別格だと感じていた」と昔を懐かしむのは、同小出身で稚木の会代表の竹田久志さん。旧水口図書館はシンプルながらヴォーリズらしさにあふれ、「珠玉(しゅぎょく)の小品」と高く評価される。建築士である同氏はそのような設計、デザインに惹かれるとともに、少年時代の懐かしい想い出に誘われて保存会に参加した。

 同館は、水口出身の※実業家・井上好三郎が建設費を寄付し、水口尋常小学校(現水口小)内に建てられた。西洋風の鉄筋コンクリート二階建て、延べ床面積百平方メートルで、まだ宿場町の風情を残す市中ではハイカラな建物として人々の注目を集めた。

 クリーム色の外壁をもつ建物でまず目に入るのは、塔屋上にそびえるランタンと呼ばれる灯台のような装飾。玄関に立つと、両脇にはローマ風の円柱が固め、頭上には本と灯火を刻んだレリーフが施され、「知の館」にふさわしいデザインだ。

巌谷小波
 竹田さんに案内されて中に入った。玄関の上り口と階段は当時としては低めの設定で、子どもにとってはちょうどよい高さ。部屋に入ると、白く塗り込められた清楚な壁とは対照的に、窓の黒い木枠が映える。

 壁際には腰掛けて本が読めるように、固定式のベンチが備え付けられ、狭い空間を有効利用する工夫がされている。実用的で簡素ながらも、使い手のことを考えた造りは、いかにもヴォーリズらしい。

井上好三郎
 今後の施設活用については、水口町にゆかりのある児童文学者・巌谷小波にちなみ、童話の読み聞かせをはじめ、音楽会や絵画ギャラリーなど文化発信拠点を目指すとのこと。ちなみに、♪城山高くあらずとも│で始まる同小校歌は小波の作詞で、同会名称はその一節からとった。

 小波は、明治から昭和初期にかけて桃太郎などのお伽話を普及させ、当時は「日本のアンデルセン」と呼ばれたほどだが、残念ながらその功績は一般的にあまり知られていない。児童にとってもむしろ、校歌を作詞してくれた人としての印象が強い。

 竹田さんは「貴重なヴォーリズ建築を保存するとともに、子どもらには、郷土出身の実業家井上好三郎が建設してくれたことに感謝するとともに、小波のように夢育む人になってほしい」と目を細めていた。 

 ※巌谷小波(明治三〜昭和八年)=東京生まれ。父は元水口藩士で書家の一六。小波は琵琶湖にちなむペンネーム。地方の昔話を読み物「お伽話」として全国へ広めたほか、少年雑誌の編集、全国各地でお伽話の口演など行なった。アンデルセンの祖国・デンマーク国王から勲章を授与されている。

 ※井上好三郎(明治十四年〜昭和十八年)=水口生まれ。大阪の金物商に養子入りし、欧米流の経営手法を取り入れて、ネジ・ボルト販売で業界屈指の商店(現・井上鋲螺工業)に発展させた。


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地域福祉からのまちづくり

=愛東町・計画をまもなく策定=

愛東町社会福祉協議会
(湖東・愛東町)
 愛東町合併50周年記念事業として開催された「地域福祉フォーラム」(昨年11月13日・町総合福祉センターじゅぴあ)では「愛東地区地域福祉計画」の素案も発表され、パネルディスカッションでは植田茂太郎町長が「農業、環境、地域福祉といった愛東らしさを新市のまちづくりに生かしてもらいたい」と、思いを述べた。
――愛東町総合福祉センターじゅぴあで――

 地域の中で住民と地域福祉に取り組んでいる愛東町社会福祉協議会のある職員は、地域福祉のあり方について「サロンをつくるのではなく、お年寄りが集まっておしゃべりしている所をサロンに」と話し、同町が取り組んでいる地域福祉計画づくりを通して、「そんなことに気づく活動であることがようやくわかってきた」と、話した。

 少子高齢化が進み、介護保健制度にもサービスを受けることによる様々な弊害さえ生じてきているなかで、高齢者が住み慣れた地域で老後を送ることができる、住民の支え合いによる地域福祉の環境づくりを進めている愛東町は、平成十五年に厚生労働省の「モデル地域福祉計画策定」(全国十五自治体、県内では大津市と愛東町)の指定を受け、二月十一日誕生の東近江市や、全国の地域福祉のモデルとなる「愛東地区地域福祉計画」の策定を、まもなく終えようとしている。

 モデル地区指定に先がけ、愛東町では早くから独自の地域福祉活動に取り組んできたこともあり、今回の指定は町民全体の意識向上にもつながった。

 平成四年から、寝たきりや痴ほうをできるだけ予防するとともに、集落内で高齢者が気楽に集れる場所を作ろうということから、「しあわせホーム」が民生児童委員やボランティアの協力でスタート。現在では、すべての集落で実施されている。

 しあわせホームの活動が安心して行えるバックアップ体制も含め、平成七年度から「大字福祉委員会」づくりに取りかかった。

 集落のネットワークとして区長や民生児童委員、健康推進委員、ボランティアなどで構成される「大字福祉委員会」を中心に、集落の住民が見守り合い活動やちょっとした手助けなど、個々にできる支え合いの気持ちを、組織的にみんなで考え、実践していこうというもの。

 また、「三重安心ネットワーク」づくりとして集落から広域に至るネットワークや、それぞれの役割に応じたネットワークの構築にも努めてきた。

 その後、町内二十二集落すべてで「福祉懇談会」を開催。中でも平成十三・十四年の福祉懇談会では、困っていることやお手伝いすることについて意見をそれぞれ出してもらい、参加者が主体的に関われることは何か、お互いが支えあえる組織づくりを考える機会をもった。

 十五・十六年度は、地域福祉計画の作成と併せて、「大字福祉委員会」を立ち上げるための具体的な話し合いを中心に進められているところだ。

 厚生労働省から「モデル地域福祉計画」策定の指定を受け、地域福祉計画策定委員会(各福祉団体の代表十人)で検討および、概要決定を行っている。

 住民の声を取りまとめるため、シンクタンク(NPO)にワーキンググループ、健康福祉課、診療所、社会福祉協議会の職員が加わり、集落ごとに決まった職員を割り当てた担当制を敷いて、各集落にある班ごとにこれまでの取り組みの反省、自分達でできることなどをいっしょに考える場としての、ヒアリングによる聞き取り調査も行った。

 地域福祉は単に高齢者の問題だけでなく、子育てや、環境問題などにもつながり、地域づくり、まちづくりそのものであることもわかってきた。

 みんなが支えあって、高齢者が生き生き生活して、いつまでも健康であれば、福祉や医療の負担も少なくてすむ。そして何よりも、安心して暮らせる地域になって行く。


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ドラマ放映まちづくりに生かせ!
北近江舞台の平成18年大河ドラマ「功名が辻」

県、地元市町が誘致促進協

=湖国の魅力PRで観光客呼び込み=

(湖北・広域)
滋賀県大河ドラマ誘致推進協議会の設立会(琵琶湖ホテル))

 平成十八年のNHK大河ドラマは、滋賀県に縁りのある戦国武将・山内一豊と妻・千代の夫婦愛を描いた「功名が辻」に決まった。

 主な舞台は、長浜と掛川(静岡県)、土佐高知。一豊を実力派俳優の上川隆也さん、千代を人気女優の仲間由紀恵さんが演じ、八月から撮影に入る予定。

 そこで県と地元市町は、ドラマ放映を新たなまちづくりのチャンスとし、湖国の魅力を発信して観光客を呼び込もうとしている。大河ドラマ「秀吉」による盛り上がりから九年、再び北近江地域が熱くなりそうで目が離せない。
上・千代、下・山内一豊(財・土佐山内宝物資料館所蔵)

 「功名が辻」は司馬遼太郎原作で、愚直で真心一つの山内一豊を知的な千代が励まし、戦国の世を駆け抜けた人間模様がいきいきと描かれている。県内では、長浜市のほか、近江町、虎姫町にゆかりがある。

 これを受け、県と関係市町、経済団体は放映を機に観光客を増やそうと、大河ドラマ誘致・推進協議会を昨年十一月末に設置した。湖国の魅力をホームページやマスコミ、イベントなどでPRするとともに、現場ロケも支援する。

 国松善次知事は設立式で、「ドラマ放映は絶好のチャンス。これを生かして優れた歴史、自然をPRして、観光資源をビジネスとして生かしたい。今後、滋賀県が二弾、三弾という形でドラマの舞台となって、多くの人に訪れてもらいたい」と意気込みを語った。

 また長浜と近江、虎姫の三市町でもやはり官民一体の取り組みを模索している。県の誘致・推進協の設立会に出席した市町長は、抱負を次のように語っている。

 千代の出生地については、近江町説と郡上八幡説(岐阜県郡上市)に分かれるが、山口徹町長は、「近江町こそは千代の出生地と積極的にPRしたい」と早くも加熱気味。同町は県内で先駆けて昨年九月、商工会と大河ドラマ実行委員会を結成している。

 一豊が初めて領主になった虎姫町でも今年早々に委員会を発足させる予定で、山内健次町長は「わが町はJRと国道8号線沿いに位置し、交通的に好条件。駅舎改修に伴う、関連イベントも開催したい」と力が入る。

 一豊が長浜城主を務めたお隣りの長浜市は、豊臣秀吉もかつて城主だった街。九年前の大河ドラマ「秀吉」の人気で観光客が増加したことあり、若手市職員による地域再生プロジェクトチームが、どのようにドラマ放映をまちづくりに生かすか検討している。同市の吉田一郎助役は、「かつて秀吉人気で街が元気になったので、市ではこれを手がかりにした対応を考えたい」と意欲的だ。


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