滋賀報知新聞(ニュース)平成17年3月22日(火)第14058号


赤十字県民大学

25日まで受講生を募集

健康知識と最新医療を学ぶ
=内容充実 部長クラスが講師担当=

(全 県)
 大津と長浜の赤十字病院は、病気の早期発見や予防に役立つ「赤十字県民大学」の十七年度受講生を二十五日まで募集している。

 両病院とも、疾病率の高い生活習慣病(脳卒中・高血圧症・心臓病・ガン)の講義を中心に、高齢化によって起こりやすい病気や精神状態の変化、在宅介護を要する人への対応などにも焦点を置いたプログラムを組み、診療各科の部長クラスが講師を務めるなど、さらに講義内容を充実させた。

 大津会場は県民交流センター「ピアザ淡海」(におの浜一丁目)の大会議室。四月十六日―来年三月十八日の全十二回講座(午前九時四十五分から約二時間)で定員二百人。〒520―8511大津市長等一―一―三五、大津赤十字病院医療社会事業部(TEL077―522―4131)へ申し込む。

 長浜会場は県立文化産業交流会館(米原市下多良二丁目)の第一会議室。四月二十一日―来年三月十六日の全十回講座(午後二時から二時間)で定員百二十人。〒526―8585長浜市宮前町一四―七、長浜赤十字病院総務課(TEL0749―63―2111)へ申し込む。

 いずれも往復ハガキに住所、氏名、年齢、電話番号、職業を書き、二十五日までに各申込先へ送る。受講無料。両会場の日程と講師、講義内容は次の通り。

 【大津会場】
 4月16日「これからの医療について」(坂梨四郎病院長)▽5月21日「生活習慣病としての心臓病」(広瀬邦彦副院長・循環器科部長)▽6月18日「胃がんについて」(馬場信雄副院長・第三外科部長)▽7月9日「肥満と糖尿病」(岡本元純第二内科部長)▽7月23日「胃腸の病気と内視鏡治療」(井上文彦第三内科部長)▽8月20日「見のがしやすい手指の外傷と腱鞘炎」(石川浩三形成外科部長)▽9月24日「肺がんについて」(山中晃呼吸器科部長)▽10月22日「家庭看護法」(広原恵子看護部長)▽12月17日「脳卒中の診断と治療」(大塚信一脳神経外科部長)▽来年1月21日「骨を強くしましょう〜骨粗鬆症の予防と治療について〜」(田緑千景第二整形外科部長)▽2月18日「目の老化」(喜多美穂里眼科部長)▽3月18日「最近の放射線医学の進歩〜診断から治療まで〜」(芥田敬三放射線科部長)

  【長浜会場】
 4月21日「日本の医療制度について」(浜上洋病院長)▽5月19日「腰痛・関節炎とリハビリテーション」(高橋健志郎リハビリテーション科部長)▽6月16日「緑内障について」(尾崎志郎眼科副部長)▽7月28日「在宅介護ケアーの要領」(呉竹礼子看護師長)▽8月25日「心臓病の危険因子」(小野進副院長)▽9月15日「脳卒中の予防と治療」(齋藤晃脳神経外科部長)▽10月20日「老年期の特性とメンタルヘルス」(藤田冬子看護師長)▽11月17日「知っておきたい薬の知識」(近藤信行薬剤部長)▽12月15日「生活習慣病と食事」(高田啓子栄養課長補佐)▽来年3月16日「がんの早期発見と治療」(丸橋和弘副院長)


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旧愛東町、能登川町など

県広報コンクールで知事賞

=6月の全国コンクールに推薦=

▲「広報写真の部」で知事賞に輝いた能登川町の1月号、「広報紙の部」でも協会長賞に選ばれる
(全 県)
 県広報協会が主催する「平成十六年滋賀県広報コンクール」の審査結果が発表され、「広報紙の部」に大津市と旧愛東町、「広報写真の部」に栗東市と能登川町、「映像の部」に栗東市が、それぞれ知事賞に輝いた。六月に開かれる日本広報協会主催の全国広報コンクールに推薦される。

 コンクールは、分かりやすい広報活動を推進、研鑽するため、全国広報コンクールの予選を兼ねて毎年行っているもので、市町および有線放送が昨年一年間に発行・放送した広報物を対象にしたところ、「広報紙の部」に二十一件、「広報写真の部」に二十四件、「映像の部」に二件、「有線放送の部」に五件の計五十二件の寄せられ、それぞれに知事賞、協会長賞が選ばれた。受賞団体と講評は次の通り。

《広報紙の部》
 知事賞=大津市=「見やすく、読みやすく、わかりやすい、という編集方針が貫かれている。障害者特集は時宜を得たもので、表紙の人の表情も良い」▽旧愛東町=「表紙が特集と連動しており、特に表紙の写真の撮影位置が良い。特集の内容もアプローチの仕方が工夫されている」
 協会長賞=栗東市・湖南市・長浜市・能登川町・竜王町・虎姫町

《広報写真の部》
 知事賞=栗東市=「奥行きの深い写真がうまく生かされている。トリミングの仕方が良い」▽能登川町「町のシンボルの大水車を“日の出”という時間の広がりを持たせてうまく演出している」
 協会長賞=旧八日市市・長浜市・竜王町

《映像の部》
 知事賞=栗東市=「少子化、子育ての不安が進む中で、子育て支援の制度を紹介する意図がよくわかる。取材、編集の努力も感じる」
 協会長賞=近江八幡市

《有線放送の部》
 知事賞=該当なし
 協会長賞=能登川町有線放送農協連「心に響く希望の光をみんなで灯そう」、多賀町有線放送農協「オレオレ詐欺事件をご存じですか?」

 各部門全体の講評としては次の通り。

 ◇広報紙=色づかいなど全体的にレベルアップしている。多くの情報を伝えようとしている意図は理解できるが、見出しの表現や写真と文字の重ね方が良くないなど、ページによって完成度が安定していないものもあり、さらに工夫努力が望まれる。

 ◇広報写真=全体として良い作品が多い。ただし、写真だけ見ると良いものが、広報紙への使われ方によって生きていないものがあり、残念。

 ◇映像=他市町からも数多く出品され、互いに研究発展することが望まれる。

 ◇有線放送=地域の活性化につながる話題やタイムリーなテーマなど取り上げる素材は良いが、特に訴求したいポイントが鮮明でないものが多く、構成やシナリオ作成にさらに工夫努力が必要。


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広がれ!まちおこしの輪

ふるさとの味お茶漬けに

=「ひの菜(なっ)ちゃん」 完成=

▲“べっぴん日野菜”の押し花入りお茶漬けセット「ひの菜ちゃん」
(湖東・日野町)
 温かいお茶をかけて、目に飛び込んでくる葉の緑色と根の薄紫色、そしてお茶碗を引き寄せ、サラサラとかき込みたい気持ちを抑え、ゆっくりと口に含むとのどを通るまでにフワッと広がる香りと風味―。近江鉄道日野駅周辺の商店主らで組織している日野駅前通り共栄会(西塚和彦会長)の日野菜開発プロジェクト(責任者=安田均さん)がこのほど、町の特産品である日野菜を使ったフリーズドライのお茶漬け「近江日野原産 ふるさと茶漬け『ひの菜(なっ)ちゃん』」の試作品を完成させた。十五日に、日野町役場で開かれた試食会では「おいしい」と好評を博した。

 五百年以上前、蒲生貞秀公が発見したのが始まりとされる日野菜。その原種は、現代まで日野町深山口で脈々と受け継がれている。

 一方で、手間ひまのかかる日野菜栽培に携わる農家の高齢化や減少で、町外に日野菜の主産地を明け渡している現状もある。地域資源である日野菜を若い世代へ引き継ぎたい、そして商店街も含めて日野町を元気にしたいと、同共栄会が立ち上がった。

日野駅前通り共栄会が試作品


 県・町からの補助金を元手に、二十年以上も前から発案されていたという日野菜漬けを使ったフリーズドライお茶漬けの商品化に向け、同共栄会内に日野菜開発プロジェクト(十一人)を昨年五月に発足した。

 仕事の合間を縫って、秋に収穫した日野原産の日野菜を使って、試作品作りへ。漬け込む方法や刻み方、一つの袋に入れる分量に至るまで試行錯誤を繰り返した。

 メンバーの努力の結晶「ひの菜ちゃん」は、日野菜を甘酢で漬け込み、根の部分は短冊切りにして歯ごたえを残し、血圧上昇を抑える効果があるという葉の部分もふんだんに入れたこだわりの逸品。

 一袋七グラム入りが六袋セットになった試作品(三百セット生産)には、日野菜のまびき菜(早摘みの菜)で作った押し花“べっぴん日野菜”も入っている。自然の形を生かした日野菜押し花は、同町在住の竹田久子さんが仲間五人と考案したもので、二つとして同じものがない。

 ふるさとのお土産をコンセプトにした「ひの菜ちゃん」は、平成十七年度からの事業化に向け、さらに生産・流通・販売体制や価格設定の検討を重ね、秋には観光施設などを中心に流通網に乗せていきたい考えだ。

 来年度予算案に日野菜生産拡大補助費用(二十万円)を計上した藤澤直広町長は、試食して「ほんとうにおいしい。うまく事業化が運ぶように、日野菜の栽培面で協力が得られるよう町としても連携し取り組んでいきたい」と新たな目玉に大きな期待を寄せた。

 春・夏・秋と年三回収穫される日野菜。生産面が追いつくかといった課題もあるが、西塚会長は「できるだけ原種を使い、減農薬での栽培に取り組んでいただけたらと考えている。今後、この『ひの菜ちゃん』を町民に愛してもらい、まちおこしの一つとして広まっていけば」と語り、「さらに完成度を高めたい」と意欲を燃やす。


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平家終焉と義経誕生の地巡る

源義経ロマンウォーク

=竜王町観光協会 きょうから参加受付=

(湖東・竜王町)
 竜王町と同町観光協会は、四月二十四日に開催する「源義経ロマンウォーク 義経元服の地鏡の里と平家終焉の地を訪ねて」への参加申し込みを、この二十二日から受け付ける。

 このロマンウォークでは、出発点のJR野洲駅南口から、平家終焉の地(野洲市大篠原)を通って、竜王町鏡の西光寺跡にある石の角にふくろうの彫刻が施されている珍しい宝篋印塔を見学し、道の駅竜王かがみの里で健康味噌汁などの接待を受け昼食を取り休憩。体力が回復したところで、義経元服池や鏡神社、御幸山、義経が宿泊した白木屋跡を巡り、ゴールのJR篠原駅を個々のペースで目指す。 

 中でも、野洲市大篠原の平家終焉の地は、平家最後の総大将・平宗盛とその子・清宗が、義経に処刑された場所と言われている。父子の首を洗ったとする「首洗い池(別名=蛙なかずの池)」や義経の配慮で父子の胴を一つの穴に埋めた「宗盛塚」のほか、石碑が建てられている。

 また、義経は元服後も「鏡の宿」に立ち寄っているが、自ら元服した鏡の宿を血でけがすのを避け、わざと通り過ぎ、現野洲市大篠原で処刑したとも伝えられている。

 ウォークの距離は約十キロ。開催時間は、午前九時半から午後三時半までで、各コースポイントで観光ガイドの説明を受け、春の息吹きを感じながら心地よい汗が流せる。途中、道の駅竜王かがみの里では、「源義経元服の盥(たらい)の底板」が特別に公開されており、竜王町産の新鮮野菜や特産品も購入できる。

 定員は先着三百人(小学生以下は保護者同伴)。参加費は一人五百円(拝観料・傷害保険料・資料代)。参加希望者は、電話または、住所・氏名・電話番号・年齢・性別、団体での申し込みの場合は参加人数も明記してEメールで申し込む。締め切りは、四月十五日(必着)。

 申し込みおよび問い合わせは、同町商工観光課内竜王町観光協会(電話0748―58―3715、Eメールdragon-kanko@rmc.ne.jp)まで。


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蓮池周辺は屋敷跡でなかった

西側との景観に違い

=安土城跡調査整備報告=

▲大手門周辺東半部の整備
(湖東・安土町)
 安土城郭調査研究所は、平成十六年度の特別史跡安土城跡の調査整備事業の成果をこのほど発表した。その結果、中・下級家臣団の屋敷跡ではないかと考えられてきた東部の蓮池周辺地区の遺構は、屋敷ではなく、城の外郭と防御のための空間と想定され、百々橋や大手道などから人が行き来する石敷き外周路があり、西内堀と城の内外を画する外郭石垣の存在した西部の大手門周辺地区・百々橋側地区とは、前方に突き出した出丸の伝江藤邸跡を中心に、景観が東西で大きく異なっていたことが明らかになった。

 平成十六年度は、県道大津能登川長浜線(通称・朝鮮人街道)沿いに突き出た伝江藤邸跡から能登川側の北腰越に懸けての蓮池周辺地区郭群の調査と、大手門周辺東半部の整備工事、観音正寺文書・教林坊文書の調査を行った。

 蓮池周辺地区は雛(ひな)壇状の小規模な平坦地が密集することから、従来、中・下級家臣団屋敷跡と推定されてきた。伝江藤邸跡を挟んで西側の大手門周辺地区・百々橋側地区と対称を成すこと、地区の中段に連続すると思える石垣があり、その南側に平坦地と現蓮池が広がり、さらに東側内堀が県道の南側に推定されることなどから、現状の雛壇状平坦地が安士城の遺構か後世の耕作によるものかを明らかにし、なおかつ家臣団の屋敷跡かどうか、その性格等を明らかにすることと、城の内外を画する石垣と石敷き路に対応する遺構の確認、石敷き路が確認された場合の、石敷き路と内堀間の空間の確認をめざした。

 調査の結果、雛壇の造成は一部に後世の造成があるものの、基本的には安土城当時の景観を維持している、西端は、東側の雛壇造成区域と虎口(こぐち=出入通路)を持つ石塁で画され、伝江藤邸跡の帯曲輪(くるわ)の一角であったこと等が確認された。
▲蓮池周辺地区の虎口状遺構

 また、雛壇造成の個々の平坦地は、一辺約十五メートル前後の規模で、谷筋や水路で東西を区画され、上下段を一体的に築いた石垣や上下段をつなぐ石段をともなう虎口状遺構等から、個々に独立したものではなく、上下や左右の平坦地が複数で一つの機能を発揮することを前提に企画性をもってつくられたと想定できる。

 以上の結果から、蓮池周辺地区の郭群は、城内の他の郭群と大きく異なる、伝江藤邸跡とされる出丸の帯曲輪と虎口でつながっている、虎口状遺構等はわずかながらでも防御的機能が見られる、等の点から、中・下級家臣団の屋敷跡とは考えがたいという結論に達した。

 その性格や機能等については、背後の切岸の前面にあって、西の伝江藤邸跡や東の伝御茶屋平と伝わる出丸に関連した城の外郭と防御のための空間ではないかとみている。

 もう一つ、今回の大きな調査目的の一つであった城の内外を画する石垣および石敷き外周路については、確認することができなかった。また、その存在する余地は極めて少く、その存在自体が疑わしくなった。

 このことから、東内堀の北岸いっぱいまで施設群の敷地として使い、東内堀自体が城の外郭を形成していた可能性が高いことがわかってきた。

 以上から、安土城の南面景観は、百々橋側地区と蓮池周辺地区で郭群の在り方自体異なってはいるものの、その性格や機能は、城の外郭区域にあって城の維持、防御のための郭群であったという点で共通しているが、伝江藤邸跡を中心に、東西で大きく異なっていたことが明らかになった。

 大手門周辺東半部の整備工事は、石垣、石塁、虎口、石段と園路整備を行い、石塁は安土城の他の石塁と比べ緩やかな当時の勾配をそのまま一・六メートルまで復元。また、一段高くなった郭と石塁の間は幅六メートルの通路となっており、ここに環境や補修のことを考慮して今回はじめてとなるウッドチップ舗装を施した。郭の石垣は大きな石を等間隔に配した「模様積み」が再現され、石段は築城当時の石をそのまま使っている。

 整備にあたって、安全や防犯の面から石塁を通路から少し上までの高さで止めたり、土塀の代わりに生け垣にするなどの配慮や、門のあった場所には砂利樹脂舗装、工法の不明な部分は現代工法を採用するなどの工夫を随所に採用した。

 今回の織田信長関連文書調査では、「観音正寺文書」(一六五〇―一九四一 二百二十四点)と「教林坊文書」(一六九九―一九三一 二百一点)を取りあげた。これは、観音正寺が数少ない安土築城以前から存在する寺院で、観音寺城との関係が深いこと、教林坊は多数存在した観音正寺の子院の内、唯一現存していることなどから、安土城周辺地域についての資料が含まれているとの期待で、調査を実施した。

 観音寺城の遺構は観音正寺と重なる部分が多いと思われるが、観音正寺の歴史を明らかにすることで、観音寺城が城域を拡大していく過程が明らかになると思われる。ただし由緒書の内容はそれだけでは信ぴょう性に欠けるため、今後他の資料とつきあわせていくことが必要。

 教林坊文書の中では、観音寺城の城下町「石寺の絵図」と「山論裁許絵図」が重要。歴史上最初の楽市が実施された場所でもあり、中近世の城郭・城下町の歴史的変遷を考える上で重要な場所と言え、明治初年の絵図は石寺の構造を明らかにするための貴重な材料となる。また「山論裁許絵図」は屋敷跡の名称や石垣の様子を描いており、近世の観音寺山の景観を知ることができ、観音寺城の遺構を考える手がかりを与えてくれるものと考えられる。 

 


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