平成19年8月12日(日)第14799号

◆全県◆
日本地方新聞協会 標語募集
読者とコミュニケーション
住民との信頼と連帯を深める
=改めて社会性を互いに認識=

◆全県◆
2度と戦争を起こさないと誓う!
13日に県遺族会がリレー行進
=平和祈念館の早期建設を要望=


◆東近江・東近江市◆
涼を誘う夏の風物詩
=五個荘で「うちわ・扇子展」=


◆東近江・日野町◆
残された資料から
読み説く太平洋戦争
近江日野商人館
=特別企画展を開催中=


◆東近江・日野町◆
父子が結ぶ日韓の絆
鬼室神社で農楽奉納
=恩山中学校の生徒16人=


◆東近江・竜王町◆
半年後のお楽しみ!
竜王ふなずし工房で
=飯漬け体験=


日本地方新聞協会 標語募集

読者とコミュニケーション
住民との信頼と連帯を深める
=改めて社会性を互いに認識=


◆全県◆

 社団法人日本地方新聞協会(中島繁治会長)は、全国の地方新聞愛読者を対象に今秋の新聞週間にちなんで、恒例の「地方新聞標語」を募集することにした。

 地方新聞標語の一般募集は、毎年十月の新聞週間に合わせて、全国各地の愛読者に地方新聞の活動を広く知ってもらおうと、地域住民とのコミュニケーションを深めることを目的に行われる。政治、経済、文化などの発展に、報道を通じて寄与する地方新聞の社会性を改めて互いに認識する機会でもある。

 昨年は全国各地から三千八百十一通の応募が寄せられ、このうち最終審査に残った約百点の中には、滋賀報知新聞愛読者から寄せられた作品が六割近くを占め、最優秀の天賞を獲得するなど、ここ数年ほとんど入賞・入選を果たしている。

 今年も、全国各地から寄せられた応募作品の中から、同協会専属の選考委員会による第一次、第二次審査を通過した作品を対象に、理事会の最終審査で上位作品を決める。上位入賞など優秀作品は第五十八回全国大会式典で発表される

 地方新聞標語の募集要項は次の通り。

 【趣旨】各地域にあって政治・文化・産業・経済の発展に報道を通じて寄与している地方新聞の姿を顕著に表現したもの。

 【天賞例】「地方紙は地方自治の道しるべ」(十五年度)、「地方紙の熱き想いが世をつくる」(十六年度)、「我が町と夢を育む地方新聞」(十七年度)、「地方紙が小さな声を世に送る」(十八年度)。

 【入選】天賞(賞状・賞金三万円)一点▽地賞(賞状・賞金二万円)一点▽人賞(賞状・賞金一万円)一点▽佳作(賞状・記念品)五点。

 【表彰】入賞・入選作品を第五十八回全国大会で発表する。

 【応募】郵便はがき一枚につき一点(何枚応募も可)。はがき裏面に標語一点と郵便番号、住所、氏名、年齢、職業、電話番号、募集新聞名(滋賀報知新聞)を明記し、表面には「標語募集」と朱書する。

 【締切】平成十九年八月三十一日(当日消印有効)。

 【宛先】〒一六○―○○一七東京都新宿区左門町六、小野商ビル六○二、社団法人日本地方新聞協会、新聞標語募集係(TEL03―5379―1531)。


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2度と戦争を起こさないと誓う!

13日に県遺族会がリレー行進

=平和祈念館の早期建設を要望=


▲昨年8月13日のリレー行進
◆全県◆

 今年も六十二回目の終戦記念日「八月十五日」がやってくる。久間前防衛相が「原爆を落とされたことは、しょうがない」と暴言を吐けば、米下院が先月三十日の本会議で、従軍慰安婦問題で日本の首相に対し公式に謝罪を求める決議を採択をするなど、安倍首相の言う「戦後体制からの脱却」は絵空事であり、むしろ戦後はまだ終わってはいない。こうした状況下、県遺族会(山田利治会長)は十三日、大津市から湖南市に入り甲賀市を経て日野町など蒲生郡を回って、彦根市まで「第二十六回慰霊と平和祈願リレー行進」を繰り広げる。

 午前九時に県庁前で馬淵義博・県健康福祉部長に「再び戦争を起こさないことを誓うとともに、平和の尊さを次の世代に伝える県立平和祈念館の早期建設」を求める要望書を手渡した後、湖南市役所(手交式=午前十一時十分〜十一時三十分)〜甲賀市役所(同=午後零時十分〜同三十分)〜日野町役場(一時十五分〜同三十五分)〜竜王町役場(三時五分〜同二十五分)〜安土町役場(四時十分〜同三十分)などをリレー行進し、県護国神社(彦根市)には五時五十分ごろ到着の予定。約千人の参加が見込まれている。なお平成十五年に続いて、今年から平和祈念館の募金活動を再開する。 


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涼を誘う夏の風物詩

=五個荘で「うちわ・扇子展」=


▲近江商人屋敷外村繁邸で開会中の「うちわ・扇子展」
◆東近江・東近江市◆

 日本情緒たっぷりの涼を集めた『うちわ・扇子展』が、近江商人屋敷外村繁邸(東近江市五個荘金堂町)で開かれ、骨董品の扇風機とともに展示されている。

 花火やホタルの絵など、夏の風物詩でもあるうちわは、日本の美意識を凝縮した職人技であり、商いの宣伝効果を活かした商人たちの祝儀用・中元用アイテムとが融合して、趣向を凝らした作品が数多く作られた。

 同展は、庶民が育てた文化をテーマに「日本の美」「職人技」を紹介しようと、日本三大団扇の京うちわ・丸亀うちわ・房州うちわを中心に、江戸時代から現代までの流れを追っており、暮らしや歴史を分かりやすく案内した「生活」「子ども」「戦争」「婦人」のコーナーを新設。蓄音機や黒電話、足踏みミシンなどの骨董品と合わせて、約二百五十点余りが展示されている。

 中でも、美空ひばり、山本富士子、津島恵子、高橋秀子などの美人画うちわはプレミア付きで、手に持つ商品名にも歴史を感じさせるほか、老舗や地元商店の名前を見つけるのも面白い。

 また、うちわ・扇子は縁起物でもあり、福が家に来るようにと招き寄せる特大の「掃除用うちわ」や、八日市大凧まつりで風の女神たちが使う「大凧うちわ」も並ぶ。

 うちわの歴史は古く、中国では紀元前三世紀の周の時代、日本では奈良時代から使用され、一般に普及したのは江戸時代から。一世風靡した浮世絵や役者絵などの芸術的要素を取り入れた江戸うちわが流行したほか、台所の必需品であった柿渋うちわ、網代うちわもこの頃に登場した。

 一方、扇子展では、外村宇兵衛家に伝わる第四代宇兵衛の直筆扇子が目を引き、水墨の見事な筆遣いが素晴らしい。また、三百年の伝統を誇る高島扇骨の技術の高さが伺える。

 八月十九日まで。月曜と祝日の翌日休館。外村繁邸・外村宇兵衛邸・中江準五郎邸の三館共通で大人五百円、子ども二百五十円。問い合わせは東近江市観光協会五個荘支部(0748―48―2100)へ。


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残された資料から

読み説く太平洋戦争

近江日野商人館
=特別企画展を開催中=


▲戦前・戦中・戦後と愛用された低学年用の木製机も展示されている「太平洋戦争展」(日野町大窪にある近江日野商人館で)
◆東近江・日野町◆

●日記が語る真実

 今回の戦争展は、個人宅や小学校で保管されていた貴重な資料をひも解き、戦前・戦中・戦後の人々の暮らしぶりを紹介している。

 中でも、個人宅から見つかった「町代日記帳」は、太平洋戦争開戦前の昭和十五年、地域住民に回覧板で伝えるため、役場からの指示を町代が克明に書き留めていたもの。

 午前四時に起床して村あげて勤労奉仕する興亜奉公日の実施内容や“国防と帝国海軍”を演題とした軍事講演会の日程、中元贈答廃止を徹底する通知、贅沢(ぜいたく)全廃運動の実施に向けた通達など、国民が知らず知らずのうちに戦争へと駆り立てられ、開戦に向け統制されていった経過が読み取れる。

●疎開児童の作文

 太平洋戦争突入後、戦闘の激化により都市部の子どもたちは農村部への疎開を余儀なくされた。滋賀県では、大阪から約一万一千人の疎開児童を受け入れたという。

 日野町でも受け入れは行われ、終戦間近の昭和十九〜二十年、東桜谷村に大阪市集英国民学校から疎開児童がやって来た。父母と離れて暮らす心細い思いを抱えながら、汽車に揺られて到着した東桜谷村。村人が温かく迎えた当時の様子を、疎開児童が大阪に帰郷してから一年後に東桜谷村宛に送った作文につづっている。

 「本当に長い間、皆様にいろいろお世話になった事をなつかしく思い出しながら、その時の事をお手紙に差し上げたいと思います」から始まる作文には、スイカをほお張ったことや農家に遊びに行き食べ切れないほどのご馳走を出してもらった楽しい思い出が詰まっていた。

 また、「こうして元気に丈夫にお父さん・お母さんのもとへ帰れたのも、お父さん・お母さんの代わりをしてくださった先生方や村の人、校長先生のおかげだといつも感謝しています」や「私たちは一生懸命に勉強して、皆様に恩返しができるようがんばります」と感謝の気持ちが満ちあふれる。 しかし、大阪のまちは一変、そして昭和二十年の無条件降伏。ある女児は「あの去年の八月十五日を思い出すと何ともいいえぬ気持ちになります。日本降伏と聞かされた時には、どうしても本当とは思えませんでした。しばらくは口もきけず、まるできつねにつままれたようでした」と振り返り、焼け野原の大阪で必死に生きながら「これからは平和な日本になるでしょう」と結んだ作文もあった。

 今年四月に就任した満田良順館長は、「立派なことが書かれており、どれも大人びた文章だ。甘ったれていられなかったのだろう」と戦中の子どもたちに思いをはせ、今では七十歳以上になっていると推測される疎開児童と「何らかの形で連絡を取ることができれば」と話していた。

 ●マリオンベイビーも展示

 畳部屋の会場には、町代日記帳や疎開児童の作文のほか、戦前にアメリカ合衆国から日本へ友情の証として贈られた青い眼の人形“マリオンベイビー”、戦前・戦中・戦後と使われていた低学年用の木製机、教科書、文房具、遊具なども展示されている。

 開館時間は午前九時から午後四時までで、月曜・金曜日休館。入館料は、大人三百円、小中学生百二十円。問い合わせは、近江日野商人館(52―0007)まで。


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▲サムルノリを奉納する恩山中学校の生徒たち(日野町小野の鬼室神社で)
父子が結ぶ日韓の絆

鬼室神社で農楽奉納

=恩山中学校の生徒16人


◆東近江・日野町◆

 日野町と姉妹都市提携を結んでいる大韓民国恩山面(うんざんめん)の中学生使節団がこのほど、友好のシンボルでもある同町小野の鬼室神社で韓国の伝統芸能サムルノリ(農楽)を奉納した。

 大韓民国忠清南道扶餘郡の西北部に位置する恩山面は、まちの七割が山地というのどかな場所で、人口約五千八百人。また、百済復興運動の遺跡地でもあり、百済時代から集落が形成されたと推定され、百済復興運動で戦死した福信将軍らを祭る恩山別神堂がある。

 福信将軍の子・鬼室集斯(きしつしゅうし)を祭っているのが、日野町小野にある鬼室神社。約一千三百年前に日本へ移住した集斯は、大友皇子に学問を教えるなど日本の文化に貢献したと伝えられる文化人で、福信・集斯父子の因縁が日野町と恩山面とを結び付けた。

 祖先の絆を温めながら、同町は、将来を担う若者に相互理解と友好関係を深めてもらおうと、隔年で中学生の派遣・受け入れを行っている。これまでに、恩山面を訪れた日野中学校の生徒は百四人、日野町を訪れた恩山中学校の生徒は六十九人にのぼる。

 今回は、恩山中学校(金鎭鐸校長)の一〜三年生十六人(男七人、女九人)と教師ら計二十人が、先月三十一日から八月三日までの三泊四日の日程で来日した。

 この訪問のために、サムルノリの練習を十カ月以上前から放課後に繰り返してきたという。赤・黄・青色が映える伝統衣装を身にまとった生徒は、風・雲・雷・雨の四つの神を表すチャンゴなど打楽器を手に、演奏しながら鬼室神社の鳥居をくぐった。

 ホームステイ先の家族や小野地区(渡邊藤三区長)の住民ら約六十人が見守る中、鬼室集斯の墓前で軽快なリズムと動きのサムルノリを披露、静かな山間部が異国文化で包まれた。

 恩山中の生徒を受け入れている日野中一年の村田康恵さんは「初めて見てすごいと思った」と語り、同じく日野中一年の島本沙也香さんも「思っていたよりも、楽器や踊りすべてがすごかった」と感動していた。

 奉納後、恩山中学校三年のチュジンイさんは「練習していたときよりも、とても上手にできた。これからは、日本の中学生と文通などで連絡を取り合い、末永く交流を続けていきたい」と話していた。*


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竜王ふなずし工房で

=飯漬け体験=

▲「おいしいのが食べられる」と夫婦で協同作業(竜王町岡屋にある竜王ふなずし工房敷地内で)


◆東近江・竜王町◆

 滋賀県の伝統的な食文化を守り伝えようと、竜王町観光協会(若井冨嗣会長)がこのほど、同町岡屋にある竜王ふなずし工房で「鮒ずし漬け込み体験」を催し、町内外から訪れた約二十人が“から漬け”に挑戦した。

 鮒(フナ)ずしは、一年にわたり手間をかけ作る貴重な近江の珍味。この鮒ずしを絶やしてはいけないと、同町観光協会が初めて体験教室を企画した。参加者を募ったところ、守山や甲賀、野洲、大津、東近江市などから計二十人が集まった。

 事前に、竜王ふなずし工房(辻澤茂男代表)が琵琶湖生まれの子持ちゲンゴロウブナの内臓やうろこを取り除き、塩漬けした後、洗って陰干しするまでの作業を請け負い、参加者は飯漬けからスタート。

▲鮒ずし大好きという小学1年生(竜王ふなずし工房店内で)
 エプロン姿で準備万端の参加者を前に、辻澤代表は鮒ずし特有のにおいが強くなる樽に水を入れる発酵方法ではなく、少しにおいがやわらぐ水を張らない飯漬け法“から漬け”を伝授した。

 土用の日の前後に漬け込むのが理想的な鮒ずし。まず、エラの部分から冷ましたご飯を押し込み、五キロまた十キロ用の樽にビニール袋を敷いた。その後、骨を軟らかくする酢入りの手水や発酵を促す麹(こうじ)を掛けながら、ご飯と鮒を交互に積み重ね、中に空気が入らないよう落とし蓋などをしてから重石をのせた。

 「昔は家でよく漬けてはったのを見てたわ」と、参加者は各家庭秘伝の作り方を思い出し、ある女性は「私は鮒ずしが食べられないが、主人が好きなので」と樽の中にたっぷりと愛情も込めた。

 飯漬けした樽を日陰に置き、重石が動かないように管理するだけで、半年後の十二月〜一月には食べ頃を迎えるという。

 毎年、贈答用に専門店に漬け込みを依頼しているというほど、鮒ずし通の東近江市・土田喜一さんは「から漬けは初めて挑戦するやり方なので、自分の漬けたものと買ったものとの味の違いを比べてみたい」と、完成を待ちわびていた。

 


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