平成20年1月7日(月)

◆東近江・東近江市◆
東近江から未来の隊員を!
南極への夢実現への足がかり
=西堀榮三郎記念探検の殿堂=

◆東近江・東近江市◆
きずな深める農村づくり
農地・水・環境保全向上対策
228世帯みんなで
金堂コスモス大迷路
―心なごむ景観と循環機能―


◆東近江・日野町◆
原産地の輝き進化する日野菜
売れるものづくりへ
=地域ブランドの再構築=


◆東近江・近江八幡市◆
人も社会もバランスが大切
なつかし館の「ゆらゆら竹トンボ」
ベトナムの子どもたちを支援へ
=まぶね共同作業所とタイアップ=


東近江から未来の隊員を!

南極への夢実現への足がかり

=西堀榮三郎記念探検の殿堂=

 
◆東近江・東近江市◆

開館から14年目


 西堀榮三郎記念探検の殿堂は、平成6年8月、旧湖東町にゆかりが深く、すぐれた探検家である西堀榮三郎を記念し、日本人による近代探検の歴史と探検家たちに学びながら、探検に不可欠な「探求心」、「チャレンジ精神」、「創意工夫の心」「新しい技術の試み」を21世紀を担う若者に広く伝え、探検文化の振興をめざして誕生した。

 西堀榮三郎氏が南極地域観測隊の初代越冬隊長を務めたことに因んで造られたマイナス25度の南極の世界が体感できる展示空間が話題を呼んだが、観光施設としてのイメージばかりが先行したことに加え、運営維持経費をめぐり議論が起こり、本来の目的が理解されにくい状況が長く続いてきた。

 そうした中で新しい活動として平成9年度から探求と挑戦をテーマに湖東探検クラブを発足。以後、現在のキッズ探検倶楽部(五感をつかって自然に親しみつつ学ぶ、ものづくりを重視する、最先端科学技術への挑戦の3本柱)に至るまで、常に探検精神を基本ベースとした体験活動(「体験による生きた知識の獲得」)を地域の子どもたちに提供してきた。また、科学や技術を主軸に置きつつも、未知に挑戦し「自分自身が創造する」点で共通する芸術分野とも連携することで、既存のカテゴリーにとらわれない幅の広がりをめざしている。

ものの本質を知る


 東近江市の合併により、博物館活動へ参加する子どもたちは市全域に広がり、子どもたちの活動を市民が支えるサポート体制が徐々に確立してきている。例えば、科学探検隊ココロボ(自立型ロボット教室)では、子ども向けに開発されたロボットの動きをつくるコンピュータソフトの使用から、いわゆるC言語と呼ばれるプログラミング言語へと進む子どもに対し、専門知識と技術の有識者が指導に当たっている。単なるお手伝いのレベルではなく、まさに、地域市民が博物館活動に参画することになった好例と言える。こういう支援者の協力により子どもたちはメキメキと能力を高めており、今後が楽しみな活動のひとつとなっている。

 また、山登りなどのフィールド探検のジャンルでは、八日市山の会や京都大学学士山岳会のメンバーなどが折にふれサポート体制を整え安全管理はもとより、子どもの能力に応じた指導をしている。話を聞いただけでは「頭で解ったつもり」で終わってしまうが、行動を共にしながらその状況に応じた体験や学習を積むことにより子どもたち自身の本当の知恵となり、「生きる力」に成長する。

 探検の殿堂が今日に至るまでに培ってきた大きな財産のひとつが、研究者と子どもたちとの共働活動である。萌芽(ほうが)的な研究を行っている若手の研究者にとって、博物館が企画するフィールドやそこで活動する子どもたちは、彼らの研究の範疇(はんちゅう)でないことが多い。ゆえに、時として思ってもみない成果を得ることがある。その代表例が一昨年の伊吹山での「赤雪探し」だった。科学者は「ある!」と信じ、様々な仮説を立てて調査に赴く。その探求する姿勢と科学する目を子どもたちは学び、その子どもたちの発見が研究者のモチベーションを刺激する。地球の温暖化とも関わりがあると分かってきた新しい分野の研究である「赤雪」の成果は、これからの活動にも大きな励みとなる。未知はまだまだ沢山あることを知ることにもなった。

目的を踏襲


 人間は、自分自身の力で人生を切り拓いて行かなければならない。次の時代を創っていくのは現在の子どもたちであり、西堀氏は、そのためには様々な知的・肉体的体験をし、応用の利く知識を身につけていく必要があるとの格言を残している。探検の殿堂の使命は、西堀氏のものの見方や考え方を通じ、困難を乗り越えていくために必要となってくる様々な能力を育んでいけるよう、具体的な活動を通して子どもたちの育成に寄与することであり、活動で得た情報や成果を人類や地域の財産となる形で蓄積し、必要に応じて提供していくことである。

 西堀氏が初めて南極で越冬してから50年が経った。地球の環境を知るタイムカプセルの役割を担っている南極の氷、あるいは「宇宙への窓」と表現された神秘の南極に、近い将来、一般の人も夏の間だけ行けるチャンスが濃厚になってきた。隊員(プロフェッショナル)以外の人の目や肌で感じた「南極の入り口」を広めるためであり、新たな研究の可能性にも期待が寄せられている。

近づく南極


 近い将来、キッズ探検倶楽部の子どもたちの中から、是非とも南極に行く人が出て欲しいと願っている。そのためには、行く条件を探るだけでなく、チャンスを獲得できるよう、様々な活動の中にその視点を盛り込み準備を整えていかなければならない。

 その一助として昨年末から、昨年の夏に行った企画展を契機に、東近江市内のアマチュア無線家たちが実働部隊となり、短波通信で南極基地と探検の殿堂をつなぐためのクラブ局開局に向け準備を進めている。昨年末出発した第49次隊で、滋賀から通信を担当する越冬隊員が南極へ行っており、絶好のチャンスでもある。

 この活動は、単に南極の情報を得るというだけではなく、南極から情報を発信できるような技術をもつ子どもを育てる探検の殿堂の「夢」の実現に寄与するものと期待される。

 探検の殿堂で得た探求の知恵が、未来を築く子どもたちに時代を越えて伝承され、他の分野にも応用が利く大きな人間への成長につなげる取り組みが成果を挙げつつある。

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西堀榮三郎記念探検の殿堂

東近江市横溝町419番地
電話・0749-45-0011
休館日・月曜及び休日の翌日 
年始は5日まで休館


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きずな深める農村づくり

農地・水・環境保全向上対策

228世帯みんなで
金堂コスモス大迷路
―心なごむ景観と循環機能―


▲地域ぐるみで取り組んだ五個荘金堂町のコスモス大迷路
◆東近江・東近江市◆

 地域のきずなを深めながら、豊かな田園環境を育んでいく農水省の地域応援政策「世代をつなぐ農村まるごと保全向上対策」が始まり、東近江市では百四十九集落で“元気な農村づくり”の取り組みが進められている。

 過疎化や高齢化などに伴って、農業関係者だけで農地・農業用水等の維持管理は困難になっている。また、ゆとりや安らぎといった農業への価値観が変わり、農業生産全体の在り方を「環境保全重視」のものに転換していくことが求められている。

 このため農水省では、農業の持続的な発展のため、基盤となる農地や水、環境の保全向上を図り、農業が本来持っている自然循環機能を維持・増進させるほか、農村コミュニティーの活性化を目的にした「農地・水・環境保全向上対策」を立案。農地面積に応じて支援金を支払う元気農村づくりの応援施策として、十九年から二十三年度までの五カ年計画で推進している。

 東近江市では、農地がある対象の二百十四集落のうち百六十八集落が応募し、現在、百四十二組織・百四十九集落で農家と地域住民による「地域協議会」が立ち上がり、濁水防止や循環かんがいをはじめ、魚道設置などが展開されている。

 その中の一つ、全二百二十八世帯でつくる五個荘金堂町の金堂農水環境保全協議会では、一ヘクタール(十反)の休耕田にコスモスの種を播き、約十五万本が揺れるコスモス大迷路を開園させ、道行くドライバーらの目を楽しませたほか、近くの幼稚園・保育園児らも花摘みに訪れるなど、遊びを通しながら田んぼや農地の大切さを伝えている。また、住民手づくりの「コスモス交流会」を催し、約二百人を数える地域住民や観光客らが宝探しや環境こだわり米のおにぎりに舌鼓を打った。

 これらの活動は、世代をつなぐ農地・水・環境保全向上対策の「心なごむ田園景観を守り育てる取り組み」にある景観作物の栽培に当たり、同協議会では▽農地を活用した地域住民との交流活動▽休耕田の適正管理―として五年間の保全計画を策定。全百二十反ある麦畑のうち十反をコスモス園にしている。

 代表の中澤嘉夫さんは「農地の雑草予防にも効果を発揮しています。また、豊かな生態系づくりに向けて、非農家の人や地域住民も田んぼの環境に関心を高めてくれている」と喜び、今秋の開園に向けてコスモスの種取りに汗を流した。

 さらに同協議会では、「豊かな田園の生きものを育む取り組み」として、ホタルの住む水辺環境を整えており、農薬を使わない畦道や水路の管理、観察&勉強会などを実施。ホタルが飛び交っていた風景を現代に―と、地域ぐるみで取り組んでいる。


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原産地の輝き進化する日野菜

売れるものづくりへ

=地域ブランドの再構築=


▲日野の原種を守る深山口日野菜原種組合メンバーによる移植苗の選別作業
◆東近江・日野町◆

 郷土が誇る食材への愛着と輝きを取り戻し、売れるものづくりへ―。日野町が誇る特産品といえば「日野菜」。室町時代、当時の領主・蒲生貞秀が鎌掛で発見し、後柏原天皇のもとへ日野菜漬けが献上され「近江なる ひものの里のさくら漬 これぞ小春の しるしなるらん」という和歌を添えて礼状が届いた歴史を持つ。その後、日野商人たちが全国各地へ広めたものの、生産者の高齢化や後継者不足、栽培に手間がかかるなどが要因となって生産量の減少に拍車をかけている。「このまま日野菜を衰退させてはいけない」と、原産地の誇りにかけて行政・商工会・住民団体が動き始めた。

■売れる商品開発


 日野の名を冠とする日野菜を地域ブランドとして再構築し、全国レベルに知名度を押し上げれば、産業の活性化や地元商店への誘客にもつながる―。

 日野町商工会は、地域資源を生かした特産品開発を支援する全国商工会連合会の補助事業「小規模事業者新事業全国展開支援事業」(単年度で八百万円補助)を活用し、岸村嘉平会長を中心に“売れる日野菜の商品開発”へ乗り出した。

▲日野菜漬けの鉄人を決める日野菜漬けコンクールで審査するラフォーレ琵琶湖・田邉料理長(右)=鎌掛公民館で=
 昨年六月には、商工会役員と旅館料理飲食組合員、地域の生産者、農協、町職員、観光協会関係者、日野菜栽培を教育に組み込んでいる南比都佐小学校校長ら計二十六人で「日野菜プロジェクト委員会」を発足。

 都市圏の住民や若者などをターゲットに、特徴的な淡いピンク色を生かした日野菜含有率三〇%のドレッシングを完成させた。また、同委員会での試食後、日野菜漬けを使ったパンが、地元の老舗・冨士家パンで販売されている。

 地域での消費をあげる試みにも挑戦し、日野町旅館料理飲食組合が核となって日野菜ちらしなど新料理を考案。さらに、京野菜のように全国に知られるブランド化に向け、東京や京都で活躍する有名シェフに日野菜をPRしたところ、紅白の色彩など日野菜特有の持ち味が高く評価された。おしゃれな食材へと変貌を遂げた日野菜は、これら有名料理店から受注が舞い込み、販路拡大につながった。

 同委員会は、ドレッシングのパッケージ作成まで手掛け、今年二月に報告書をまとめる。今後、商工会員事業所にレシピや加工方法を開示して製造・販売できるよう整え、会員自身が商品化への道を探ることになる。

■地元住民が発信


 日野菜の魅力を一人でも多くの人に知ってもらおうと、日野町役場商工観光課と農林課は、昨年、収穫から漬け込みまで体験できる“グリーン・ツーリズム”やラフォーレ琵琶湖の田邉政利料理長を特別審査員に日野菜漬けの鉄人を決める“日野菜漬けコンクール”、食生活ジャーナリスト・岸朝子さんを迎えての“日野菜シンポジウム”などを、地元住民と協力して開いた。

▲地元住民から日野菜漬けのコツを教わるグリーン・ツーリズム参加者ら
 日野菜シンポジウムでは、日野菜キムチや日野菜寿司を試食して「おいしゅうございます」を連発した岸さんが、「日野菜の風味と美しさは何ものにもかえがたい。伝統の味を子孫に残すのが、私どもの役目だと思う」と強調。各家庭で異なる日野菜漬けレシピの記録・継承を呼び掛けた。

 また、日野菜の収穫や漬け物づくり体験は、NPO法人日野ダリア園(平谷宗夫会長)や鎌掛三区夢遊楽会ら地元住民が講師として大活躍。地域の特産品を伝えたかったという母とともに参加した東近江市の遠藤亜衣香ちゃん(10)は、「日野菜を包丁で切るのがこわかったけど、とてもおもしろかった。食べるとカリカリしておいしかった」と満面の笑みで、塩漬けした日野菜が酢によってさくら色に変化する瞬間を見て感動していた。

■生産拡大へ


 祖母が使っていた木の樽(たる)で昔をしのびながら漬けるなど、地元住民にとっておふくろの味でもある日野菜漬け。しかし、日野菜の生産量は減少の一途をたどり、年間出荷量も昭和六十三年の約百トンと比べて、今では約四十トンと半分以下。販路拡大に見合うだけの生産体制の再構築が課題となっている。

 一方、日野の原種を守る深山口日野菜原種組合(曽羽松司代表)や生産拡大を図る日野菜愛承会(寺澤清穂会長)など住民活動が活発化しており、鎌掛三区夢遊楽会の瀬川勝男会長(65)は「日野菜の元祖地域であるという威信を持って取り組んでいきたい。何よりも生産を増やす足掛かりをつかみたい」と語る。発見から約五百年、日野菜の進化から目が離せない。 


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人も社会もバランスが大切

なつかし館の「ゆらゆら竹トンボ」

ベトナムの子どもたちを支援へ
=まぶね共同作業所とタイアップ=


▲「ゆらゆら竹トンボ」を前に熱く語る千賀さん――なつかし館で――
◆東近江・近江八幡市◆

 近江八幡市の旧市街地のほぼ中央、あきんど道商店街の中ほど仲屋町上に「なつかし館」がある。旧町家を利用して、古き良き時代の品々を展示・販売している。一歩中に入ると、時計がいっきに逆回りだ。

 白黒テレビ、蓄音機、真空管ラジオや、メンコ、ベーゴマ等々、なつかしい生活や遊びの道具が、所狭しと並ぶ。どれもこれも入館者の興味を引き付け、見る人をその時代に戻してくれる。

 そんな中で、ひときわ目につくものがある。トンボの竹細工「ゆらゆら竹トンボ」が、止まり木に口先の一点で止まっている。そっと触れてみても、ゆらゆら揺れながらもバランスをとり、決して落ちない。

 実はこの「ゆらゆら竹トンボ」、ベトナムから海を越えてやって来た。フエ市にある、路上生活などを強いられているストリートチルドレンのための自立支援施設「子どもの家」の子ども達が製作しているもの。

 なつかし館を運営する「小さな文化を作る会」の代表、千賀伸一さんが、三年前の一月に近江八幡出身の豪商でベトナムに渡って成功した西村太郎右衛門を訪ねるツアーに参加した際、日本人の小山道夫さんが設立した「子どもの家」に立ち寄ったのが、ことの発端となった。

 千賀さんは、一時的なお金の支援ではなく、何か継続性のある支援の方法はないかと考え、ベトナム土産のトンボの玩具を製作してもらって、日本で販売することを思い付き、早速実行に移して昨年から同館で展示販売をはじめた。

 組み立て式の止まり木と台座は八幡山で伐採した竹を譲ってもらい、包装用パッケージとともに、市内の「まぶね共同作業所」のみなさんに作ってもらうことにした。ここにも千賀さんのこだわりがみられる。

 羽の全長が八センチの黒色と六センチの赤色の二匹のトンボが、止まり木と台座のセットになって、千二百五十円で販売している。品薄になれば、そのつどベトナムと作業所に注文する。同館での売れ筋ナンバー1を続ける人気商品になっている。

 赤はアカトンボで黒はハグロトンボをイメージしているが、仲の良い雄雌にも見える。手に乗せるとどうして落ちないのか不思議な感覚になり、裏返しに乗せるとピョコンとひっくり返って“とんぼをきる”。一度手に取ると夢中になり、見ているだけでも心癒される。千賀さんは「男も女も、体も心も、人生も、何事もバランスが大事」と、解説する。

 また、故事にトンボは「勝虫(かちむし)」と称され、縁起の良い、勝運を呼ぶものとして、また、三百六十度見渡せる大きな目が先見性につながるとして、尊ばれてきた。実際に、先の県知事選、近江八幡市長選などでもその威力を発揮した。

 縁起物として家庭や企業などの玄関先に置けば、会話がはじまり、心癒やされ、いらだつ気持ちを落ち着かせてくれる。そして何よりも、社会に役立つ。

 なつかし館の開館は、土曜・日曜と祝祭日だけだが、地元の人よりも、何気なく立ち寄った観光客が土産や贈り物として買い求めて行くそうだ。

 問い合せは、小さな文化を作る会の千賀代表(0748―33―1064)まで。


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