訓練中に殉職の2少尉を慰霊
◇東近江・八日市
昨年暮れの十二月二十七日、東近江市長谷野丘陵の市道沿い(京セラ蒲生工場正門前)に移設された「留魂の碑」の前で、大西建設の大西忠男社長と社員代表、椋本進さん、高木徳一さんら地元関係者九人が慰霊祭を営んだ。
昭和十八年十二月二十七日、旧陸軍八日市飛行場の爆撃演習場だった長谷野で、機上射撃訓練をしていた引地尚志、市川兼二両少尉が九九式襲撃機とともに地上に激突し、二十歳前後の若さで殉職している。
間もなく、同期生によって墜落現場に「留魂の碑」が建てられた。しかし戦後、周辺部は荒れ果てたままで、人が足を踏み入れることもなく、その存在すら忘れられていた。わずかに、土地の所有者だった椋本さんが両少尉の供養を続けてきた。
平成十四年八月、この土地を取得し開発工事を進めていた向茂組(向茂夫社長)は、犠牲者の英霊を永久に顕彰しようと、碑のあった元の位置から道路沿いの現在の場所に移設し、新しく台座を築造し建て直した。
人目につかず忘れ去られようとしていた「留魂の碑」は、同時に八日市飛行場の歴史を後世に伝える語り部に生まれ変わり、その後、両少尉の祥月命日に当たる十二月二十七日に関係者らが参拝を続けている。
開発整備や建碑工事にかかわったことから、世話人代表を務める大西社長は「近くにいる誰かがお守りをしなければ、戦争で亡くなられた人々や家族に申し訳がない。なに不自由なく暮らしているのは、この人たちのお陰」と話し、月参りも含め毎年、碑を訪れ慰霊参拝を続けている。






