「寺田屋登勢」ら出生の石碑、来年建立 歴史講座やワークショップなども
◇大津・大津市
幕末の志士・坂本龍馬を主人公にした大河ドラマ「龍馬伝」が来年から放映されるのを前に、県内の龍馬ファンは昨年十月に「近江龍馬会」(会員約七十人)を結成し、龍馬を支えた二人の人物である、伏見の船宿の女将「寺田屋登勢」、世話役であり用心棒だった「山田藤吉」の生誕地が大津市という埋もれた歴史を掘り起こし、大津の街を盛り上げようと活動している。
「なぜ大津で龍馬会を設立するのか、ということをより多くの人に知ってもらいたい」と意気込むのは会長の柴田輿一郎さん。大津が龍馬を支えた二人の出生地というのは、知る人ぞ知る史実だ。
明治以降、研究者が出生地特定の検証をしたが、分からず、そのあと埋もれたままになっていた。そこで同会は、登勢の生まれた旧菱屋町(現・大津市長等)、藤吉の旧鹿関(かせき)町(現・同市三井寺町)に出生地を示す石碑の建立を、当面の活動目標の一つにしている。
このほか、龍馬の業績や登勢と藤吉を知ってもらいドラマを十倍楽しむ歴史講座、地域住民や社寺・商店街に呼びかけて地元の眠っている歴史遺産を再発掘してマップを作成するワークショップなども手掛ける。
また、古都大津における龍馬の足跡は、活動拠点の一つだった京都に近く、交通の要所だったことから、何か残してそう。一例をあげれば、龍馬は借財のため京から福井藩へ度々出向いており、柴田さんは「船好きの龍馬のことだから、大津から船に乗ったかも」と想像を膨らます。
さらに、「浜大津周辺の旧市街地は幕末にはもう原形ができていた。龍馬も歩いたであろう歴史ある街を散策して楽しんでもらえたら」と話す。
なお、同会はプロジェクトチームのスタッフを募集するとともに、石碑建立に向けた募金(目標額六十万円)を呼びかけている。一口三千円。募金した人には記念品を進呈する。問い合わせは同会事務局(077-526-6115)へ。
◆寺田屋登勢=文政十二年頃(一八二九年)、旅籠を営んでいた大本重兵衛の次女として大津・旧菱屋町で生まれたとされる。京都・伏見の船宿寺田屋の伊助に嫁ぎ、女将として経営を取り仕切った。寺田屋を定宿とした龍馬を、親身になって支援した。明治十年(一八七七年)九月七日没。
山田藤吉=嘉永元年(一八四八年)、大津の旧鹿関(かせき)町(現三井寺町)で生まれた。力士、料亭の出前持ちを経て、龍馬の用心棒兼世話役となった。慶応三年(一八六七年)十一月十五日、龍馬暗殺を図った刺客に近江屋で斬られ死亡した。






