目片氏、「家庭の事情」との報告受ける
◇大津
「大津市教育委員会の沢村憲次教育長がわざわざ豪州のモスマン市を表敬訪問しなければ、多忙を極めることもなく、おそらく市教委がいじめ調査を約三週間で打ち切ることはなかったはず。そもそも教育長は行くべきでなかった」と山本哲平市議は悔しがる。
沢村教育長がモスマン市を表敬訪問することについては、中学二年の男子生徒が昨年十月十一日に自殺する前の九月定例市議会でも大問題になっていた。
大津市とモスマン市は平成二十二年五月、「市民友好交流」に関する合意書を取り交わした。
合意書には「姉妹都市提携にあるように市としての責任や義務を伴うものではない」とわざわざ明記されていた。つまり「お互い公費は使わないでおきましょう」という合意書だった。
昨年七月、モスマン市から大津市長、市議会議長を招へいしたい旨の文書が届いた。
市は協議に入るが、目片信市長(当時)と佐藤賢副市長(同)は体調が悪く、もう一人の井上俊生副市長(同)も辞退した。そこで白羽の矢が立ったのが、特別職の教育長だった。
山本市議は「目片市長が行けないなら、井上副市長が行くべきだった。目片市長は教育長にモスマン市の表敬訪問を命じたが、これはおかしい。教育長は、教育委員会の指揮監督下にあり、教育委員会に諮るべきだった。また大津市とモスマン市との合意書では公費は使わずに民間交流を促進するとしており、公費で表敬訪問するのも納得できない。生徒が自殺し、調査も続いていただけに、なおさら辞退すべきだった」という。
市教委は昨年十月十七日から三日間、全校生徒に一回目のアンケートを実施。遺族の求めに応じて十一月一日から二回目のアンケートを行い、四日に回収した。その最中の十一月二日、市教委は記者会見を開き「いじめはあったが、因果関係は判断できない」と発表した。
事実上、調査はこの時点で打ち切られたのだ。
いじめたとされる生徒には、「回答拒否」を理由に確認しないまま、「確証はない」と結論付けた市教委の調査。
加害生徒の母親が当時PTAの会長だっただけに、市教委の腰も引けたに違いない。
結局、この記者会見から四日後に沢村教育長は、豪州に旅立った。
「今年一月の大津市長選に出馬する目片市長にとって、いじめ自殺が発覚すれば、ダメージが大きかった。このため目片市長が市教委の調査を打ち切らせた」という憶測が当時、市役所内で流れた。
目片氏は本紙に「そんな事実は全くない。中学生が自殺した直後、『家庭の事情で亡くなられた』と沢村教育長から報告を受けた。それ以降は、この件で沢村教育長と会話を交わしていない。また加害者とされる少年らの保護者から、陳情を受けたこともない」と話している。なぜ約三週間で市教委は調査を打ち切ったのか。市教委の責任は重い。
【石川政美】







