来月7日まで佐川美術館
◇守山
企画展「京都伝統陶芸家協会創立五十五周年記念 京焼―技と美の継承展 京文化の未来を開く」が、佐川美術館(守山市水保町)で開催されている。四月七日まで。
同展は、京都伝統陶芸家協会の会員十五人が出品した個性豊かな作品を通じて、現代の京焼のあり方やその真髄、そして受け継がれて行く伝統の技と美を展望するもの。
京で発展した京焼は、造形性、装飾性で多岐に及ぶ。他の産地のやきもの、例えば唐津焼や萩焼などの造形的に画一されたやきものとは異なり、華やかな色絵の技法を用いたものから、唐物(中国陶磁)、高麗物(朝鮮陶磁)、瀬戸、信楽などの他窯の“写しもの”まで、その製造における多様性が京焼の特徴と言える。
そもそもの起りは、一六世紀末期頃とされ、一七世紀前半には瀬戸から登窯の技術導入によって高火度焼成の本焼陶器の生産が開始される。
また、一七世紀初頭に博多の豪商・神谷宗湛が記した茶会記「宗湛日記」【慶長十年(一六〇五)六月十日条】の中に「肩衝京ヤキ」(肩衝茶入)という言葉が見られ、この時すでに茶道具として京焼が使用されていたことが分かる。
その京焼が華々しい展開を遂げるのが、一七世紀中期に色絵の技術を大成した野々村仁清の登場である。京焼随一の名工と評される仁清の色絵陶器は、将軍家への献上品や、茶人に愛玩されるなど、確固たる地位を築き上げるとともに、以降の京焼の主要な装飾技法として定着していく。
色絵の技法については、同じ頃に色絵磁器の生産に成功した肥前有田より導入されたという説が有力で、京焼は色絵をはじめとして各地の諸窯から様々な技法・製法を導入し、高度な技術が蓄積された結果、今日に見られる多種多様なやきものが生まれた。
仁清以降も尾形深省(乾山)、初代清水六兵衛、初代高橋道八、奥田頴川、青木木米、仁阿弥道八(二代高橋道八)、永樂保全といった名工を数多く輩出し、京焼文化の隆盛とその技術の全国伝播が広がりをみせ、京焼の地位を不動のものとする。
なお、関連事業として二十四日午後二時から、叶松谷氏(京都伝統陶芸家協会会員、京都市立芸術大学教授)が「京焼と景徳鎮」をテーマに講演する。
企画展の入場は一般千円、高大生六百円、中学生以下は無料。問い合わせは同美術館(TEL077―585―7800)へ。







