県内最大級の城郭「水口岡山城」
◇甲賀
秀吉が築いた県内最大級の城郭・水口岡山城(甲賀市水口町水口)を、まちのシンボルとして再建しようとする運動が、甲賀市内で始まっている。この一方で甲賀市教育委員会による発掘調査は、平成二十四年度から着手され、謎に包まれていた全容が解明されつつある。二十八年度の国の史跡指定を目指す同市教委は「市民から貴重な文化財という意識が芽生え、盛り上がってきたのはありがたい」と歓迎している。
4月、「一夜城」で市民の関心高める
市教委 国史跡目指して発掘調査
水口岡山城は天正十三年(一五八五)、秀吉によって、家康などの東国大名への押さえの城として築かれた。城主には、豊臣政権の重臣である中村一氏、増田長盛、長束正家が入った。しかし、正家が関ヶ原の戦いで石田三成の西軍についたため、徳川方によって城を取り壊される「破城」にあった。
比高百メートルの城跡に、白亜の天守閣が出現し、市民の目を引いたのは一昨年の秋。この取り組みは、水口青年会議所(水口JC)の企画「一夜城プロジェクト」で、段ボール板を組み合わせた天守はイベント終了とともに撤去された。
これをきっかけに市民の関心が高まり、有志が昨年七月、城の復元・整備の促進と市民意識の高揚を目指して、社団法人「水口岡山城の会」(小山剛理事長、会員七十人)を設立した。顧問には中嶋武嗣市長も名を連ねる。
再建への一歩は、まず市民の関心をより高めること。このため、視覚的に啓発しようと、今春、バルーンで天守閣を再現する。期間は、山上の阿迦之宮例祭が営まれる四月十七日から、水口祭の同月二十日までの四日間。模擬天守は当時の外観を可能な限り再現し、高さ十五メートル以上を計画している。
このほか、ホームページによる情報発信、シンポジウムや学習会を市教委と連携して開催し、将来的には再建に向けた寄付金も募りたいとしている。
ちなみに城跡の調査は、同市教委が一昨年度から三年計画(平成二十四~二十六年度)で、史跡指定を目指して発掘調査を実施しており、大手道入口付近で石垣跡を見つけ、徳川方による「破城」を確認した。二十七年度からは五年計画で、城跡の整備に向けて発掘調査を進めることにしている。
水口岡山城の会の専務理事、池田吉希さん(45)は「城の復興は市民が夢を持てる企画だと思う。行政と連携しながら、民間の特長を生かした啓発活動を展開したい」と話している。









