日野町長 藤澤 直広
青い空に白い雲が浮かぶ宮城県南三陸町。「高台に避難してください」と役場職員が何度もアナウンスを続けた防災庁舎は3階建ての鉄骨組みだけが残っています。今、高台へ住宅地を造成し、その土砂を活用して海沿いの土地を約10メートル盛土が行われています。海辺に近い旧中学校校舎は海抜10メートル。それでも津波は1階に押し寄せました。生徒や先生は山に逃げて助かったとのこと。「津波がくれば山に逃げる」がこれまでから忘れてはならない言い伝えでした。南三陸町の人口は17000人。死者・行方不明者は816人。仮設住宅には2000戸が暮らしておられます。震災から3年5か月が過ぎましたが「非日常」が続いています。南三陸町の南には女川原発があり、原発からの避難も課題としてあります。福島原発の状況は、今も汚染水問題など大変な状況が続いています。目の前にある静かな海も津波が押し寄せる海も同じ海。自然の力の大きさを知り、畏怖の念をもって向き合うことを忘れてはなりません。原発過酷事故の影響は、空間的にも時間的にも質的にも自然災害とは違う深刻なものです。東日本大震災は「過去のこと」ではなく、あの日起こったことも今起こっていることも忘れてはなりません。
8月の「忘れてはならないこと」は戦争です。戦後69年。戦争を経験した人々から、「戦前と似ている」という心配の声をよく聞きます。しかし戦前と違うことは、こうした社会の状況を危険と思う人達が声をあげていることです。日本が攻撃されなくても他国の戦争に参加する集団的自衛権の解釈改憲の閣議決定を契機に一層広がっています。滋賀県知事選挙でも「卒原発」とともに注目されました。先の戦争を反省し、二度と戦争をしない国として国際社会に復帰し、歩みを進めてきたことを忘れてはなりません。
お盆に現世に戻ってこられる御先祖様に平和な国をつくるために努力することを「こぴっと(甲府弁で“しっかり”という意味)」誓いたいと思います。






