竜王町長 竹山 秀雄
7月下旬、滋賀県町村会の一員として宮城県の南三陸町を訪ねる機会を得ました。南三陸町は3・11東日本大震災で多くの犠牲者や激甚災害のあった町で、一瞬にして町が消えた様子は報道でご存知のことと思います。
今回の訪問で特に印象に残ったことは、南三陸町は3・11以前にも三陸沖地震、チリ地震等で何度も津波を経験されており相応の心構えや対策を実施して来られたものの、東日本大震災は想像を絶する規模の津波であった為、浜から2kmも離れた場所でも、一家4名の方が全員亡くなられたと言う痛ましい惨事となったと伺いました。“まさか2km離れたところ迄は押し寄せて来ないだろう”と言う概念が悲劇となった訳です。今の異常気象下において“自分のところは大丈夫と言う思い込み”は捨てなければいけない教訓を得ました。
今回は仮設住宅も訪問し、担当職員の方から説明を受けました。
“私達職員は震災発生直後から3年4ヶ月以上、常に町民の為に出来ることからとひたすらに走って来ましたので、復興に向っての昨今は、あっと言う間に過ぎ、1日が短く、これから先もこの状態がずっと続くと思いますが、仮設住宅の皆さんは逆に一日が非常に長く感じておられます。殊に高齢者でお一人住いの方は、気力が衰えています。行政としては安否確認に腐心の有様です”とお聞きし、我々が描いている以上に現地での厳しさが伝わりました。今、南三陸町では10mの盛土の工事が進んでいます。造成後に住宅を建設されるまちづくりが若い人達の希望の星であって欲しいと願う反面、仮設で毎日の生活を送っておられる高齢者の方々のお姿が私の頭の中で複雑に交錯したことも否めませんでした。
このたびの南三陸町の訪問で、安全と言う文字には神話が無いと心得て防災に向わねばならないことと、被災地の皆様にはこの先もずっと応援、支援の気持を持ち続けねばならないことを痛感し、まずは自分達が住んでいるところを守る一助にしていただければと思います。






