自治刻刻 議員バッジはたえず結果責任を負う
私もバッジを預かる一人として、どのような場合においても「結果責任を負う」、このことは当然のことではあり、私の政治信条の一つでもあります。
ここで謝罪を表することは、今をときめく武藤貴也衆議院議員を当初擁立した一人としてであります。しかし、平成24年12月16日(武藤代議士初当選日)以降、支持したことに対する自戒の念にかられ、何一つ期待することもない心境となりました。そのことは、私を取り巻く皆さんはよくご存知であり、今年8月19日、また同27日発売の週刊誌による報道が物語っていると思っております。
今国民の間には、武藤代議士の言動や日本の政治に対するやりきれない怒りや不信が満ち溢れているのではないでしょうか。政治とカネ、加えて性に関する疑惑は、政治不信に拍車をかけることとなっております。これらの問題を通じて明らかにされたことは、日本政治における政治とカネをめぐる問題の根深さと、同時に浮き彫りにされたのは政治家個人の資質と常識と人としての生き方ではないかと思います。
かつて政治とカネをめぐる不祥事はリクルート事件や佐川急便事件を思い浮かべますが、その当時、これらの問題はもはや特定の政治家個人のモラルの問題にすることなく、むしろ日本政治のシステムに起因する構造的な問題として捉えるべきだとして、政治資金制度や選挙制度などの諸改革が実現されました。しかし、今回こうした問題が表面化したということは、政治家武藤代議士の資質と常識の問題であり、今後政治の信頼を回復させるためには、大きな代償をはらうことを、武藤氏は認めざるを得ないのではないかと思います。したがって、武藤氏は少なくとも正直にすべてを国民に説明し、今後の身の処し方については、真摯な姿勢で臨むべきと考えます。
また、再発防止についてもただ単に規制を強化すればいいというものではありません。政治倫理についても政治家が政治を行うにあたって「抽象的な心構えや訓戒のたぐい」ではなく、「政治家の個々の行動を規律する具体的な規範」であり「政治家という職業を遂行するにあたって求められる職業倫理」として明確に位置づけられなければならないと考えます。また、併せて支援をされたバッジ組(議員)は、他人事として処することなく謙虚な気持ちを持ち、目に見える形で結果責任を果たさねばならないのではと思います。
その事が政治および政治家に対する不信感を払拭する事になると思うからであります。






