東近江市・前川真司さん(28)
《特集》
地方の人口減少や高齢化が急進する地域や旧市街地に住み込み、住民ともに活性化に取り組む「地域おこし協力隊」が、東近江地域でも七人(東近江三人、近江八幡市一人、日野町一人、竜王町二人)が活動している。
協力隊は、二〇〇九年に総務省が制度化し、全国各市町が地域外から隊員を募集し、最長三年を期限に委嘱している。
東近江二市二町には、どんな協力隊員が活動しているのか紹介します。
記事は、全て本人が執筆したもので、協力隊になった動機、地域での活動内容、地域活性化への思いなどが綴られています。
私には、守りたい文化があります。
私が生まれ育った日本という国は、温暖湿潤な気候の中で育まれた豊かな農山村が残っています。
国土面積の3分の2、約7割という森林の中で形成された農山村は、世界有数の資源保有地域です。先進国でもトップクラスの森林率を誇る私たちの故郷は、豊かな森林から命の恵みを頂き、その森林から道具や技術を生み出し、技術大国ニッポンの礎を築きました。
しかし、私たちの先人が森林から生み出したモノは、命や技術だけではありません。今でも日本中に残っている農山村には、その豊かな「文化や暮らし」が残っています。
ところが、私が生まれ育った町は、兵庫県宝塚市という、人口22万人を越える大都市。大阪や神戸といった都会まで、電車で30分という環境でした。
そんな私が、都会の暮らしに「物足りなさ」を感じたのは、小学1年生の時に経験した「阪神淡路大震災」。ライフラインは寸断され、水や食料に困り、たくさんの方が目の前で亡くなり、街の風景は崩壊しました。そんな忘れられない記憶の中で、私が心に強く感じたことは、「都会には何も無い」という現実でした。
それからの6年間を、街の復興と共に歩んできた私は、都会という物足りない環境から抜けだし、高知県の大川村という農山村に「山村留学」をしました。
森林面積98%、人口360人程度の小さな村ですが、標高1500m級の四国山脈のど真ん中、最寄りのスーパーまで車で1時間半という環境でした。
そんな大川村でしたが、そこには「命のいとなみ」のすべてがありました。村の住人はみな温かく、運動会も文化祭も村民全員でやりました。私のような留学生も含めて、村全体が家族のような、一体感のある「文化と暮らし」がそこにはあったのです。
あれから12年、私は今「奥永源寺」という場所で、地域おこしという名の「恩返し」をしています。
豊かな農山村で育まれた私は、あれからまっすぐに「農業・農山村」への道を歩んできました。「それはなぜか?」と聞かれたら、「そこにすべてが在るからだ」と、答えると思います。
私たちの暮らしは「消費し続けなければ維持できない社会」の先にはないと思うのです。持続可能な循環型社会の先にこそ、私たちの先人が何千年と続けてきた「命のサイクル」があるはずなのだと信じているのです。
そして私は夢見ています。いつの日か、「カネ」という資源ではなく、地域に宿る「ヒト・モノ・コト・ワザ・ココロ」の「地域資源」こそが、私たちの暮らしの一番大切な「財産」なのだと言える日が来ることを、私は夢見ているのです。そう、これが私の「地域に懸ける想い」なのです。
【プロフィール】
前川 真司(まえかわ しんじ)
28歳 兵庫県宝塚市出身
小さい頃から牧場主に憧れ、中学時代に山村留学をする。そこで農山村の豊かさに感動し、全寮制の農業高校へ進学。東京農大で農業経済学卒業後、世界中の農業や環境を学ぶ。帰国後、八日市南高校での講師を経て協力隊に就任






