駅前での病院整備が最大の争点
事実上、山仲VS栢木の一騎打ち
十六日に告示された野洲市長選は二十三日の投票日に向け、JR野洲駅南口に医療・福祉の拠点として市立病院を整備しようとする現職の山仲善彰氏(65)=連合滋賀推薦=に対し、駅前には民間の力も借りて商業用施設を整備すべきと真っ向から反対する新人で前市議の栢木進氏(60)=自民党、滋賀維新の会推薦=、新人で元県職員の西村明夫氏(68)の三つ巴の戦いが続いている。立候補を表明していた保守系市議の稲垣誠亮氏が告示直前で出馬を断念するなど鬼気迫る市長選である。 【石川政実、高山周治】
山仲陣営
「山仲氏の後援会事務所が市有地の公園の一角を駐車場として使用」と書いたビラを栢木陣営の政治団体が十三日に配布した。これに対抗して山仲氏は同日会見し、「公園は多目的広場として、管理は各自治会に委ねられている。自治会長の提案で使用しており問題はない」と説明した。
また会見の中で「県幹部が十一日に守山野洲医師会の研修の名目で野洲市の開業医十人を集め、さらにその場には栢木陣営の市議一人が同席していた。県幹部は、『市立野洲病院の整備が進めば第二の夕張市になる』として市の計画に反対するよう説得して公職選挙法や地方公務員法に抵触するとの情報提供があったため、その会議録を県に送った」ことを明らかにした。
これに対し県幹部は本紙取材に「私が野洲守山医師会のH前会長やE副会長から野洲病院問題について私的な研修をしてくれと頼まれたので、話をしたまでだ。私が開業医らを集めたわけでなく、栢木陣営の市議が同席しているのも知らされていなかった」と弁明した。
●野洲は市民が決める
「野洲市のことは、党利党略でなく、市民自身が決める」。告示前の八日、市内で開かれた山仲氏の市政報告会後、支援に入る連合滋賀三区地協の幹部は目を吊り上げた。自民推薦をバックに国会議員を総動員して野洲市に攻め上る栢木陣営に闘志を燃やしたのだ。
市政の透明化に努めてきたと言う山仲氏は、後援会や市民団体を中心に政党や組織に頼らない「市民型」選挙を展開してきた。これを支援する形で、推薦を出している連合滋賀や市議四人が選対に入っている。
栢木陣営
九月二十二日の栢木氏の事務所開きには、自民党県連会長の上野賢一郎衆院議員、栢木氏とは三十年来の付き合いがある二之湯武史参院議員など自民党国会議員が顔を揃え、野洲市長選に総力戦で乗り込む姿勢を見せた。
その中で異彩を放っていたのが県議(チームしが県議団)の冨波義明氏だった。同氏は「平成三十六年の滋賀国体のメーン会場を、立地条件が最適な野洲の希望が丘文化公園に誘致しようという話が持ち上がった。これが彦根市にひっくりかえったのは、県(当時の嘉田由紀子知事)と市(山仲市長)との関係が悪かったからだ。これで向こう百年、当市のまちづくりが遅れた。私がこの場所に立つのは、嘉田氏から『栢木氏の応援をがんばれ』と励ましを受けたからだ」と、県が国体主会場をわざわざ軟弱地盤の彦根市に決めた裏話を披露した。
嘉田知事時代、山仲氏は知事に諫言(かんげん)する数少ない県職員だった。やがて嘉田氏の逆鱗(げきりん)に触れて更迭され、山仲氏は市長選に出馬する。嘉田氏の執念は鬼気迫るものがある。
●稲垣氏不出馬で弾み
「鬼気迫る」と言えば、立候補を表明していた稲垣氏が告示直前に、「争点の市直営病院を阻止するため断腸の思いで一本化への思いに至った」と市長選出馬を断念したこともそうだった。
十日ごろ、自民党の三区支部長の武村展英衆院議員、元大物県議らが稲垣氏への説得を長時間にわたって続けたという。まさに凄(すさ)まじい執念だった。
保守系の野洲政風会の六人を軸に計九人の市議が脇を固める。
西村陣営
●反戦歌の演奏も
西村氏は、「中核医療を担う病院は必要だが、駅前に建設するのは反対」とし、さらに「駅前には交流施設や商業施設がふさわしい」と栢木氏と同じ主張を掲げる。趣味のギターで反戦歌を演奏し、沖縄の基地問題も街頭で訴える構えだ。
栢木陣営が自民を中心にした政党選挙で、市民派の堅城“山仲城”を落城させるか、それとも山仲陣営が死守するか、事実上の一騎打ちが続いている。









