自治刻刻 「無理せず出来ることをやる」
人が生きていく上での大きな分岐点は「出来ることを何かしようとする」か「誰かに何かをしてもらおうとする」かにあると思うこのごろである。もちろん実際の世の中、持ちつ持たれつであるのでどちらかの立場に偏るということもないし、なんとも出来ないこともいっぱいある。しかし基本の立場、生き方をどちらにおくかでずいぶんと様子が違うように思える。地道に出来ることをしていると、他人に「何かをしてもらった」時にとてもありがたく感じることも出来る。
現代は、まだ今のところ利潤追求の企業型社会が主流である。従って「役割」と「やること」が私たちには割り振られてくることが多い。割り振られても、つらい目にあっても辛抱して何とかそれをやろうというのは「賃金」というお駄賃がついてくるからでもある。それでも少しでも「やりがい」を作り出そうとするのがいわゆる企業経営者の手腕でもある。
しかし「賃金」がついてまわらないボランティアなどの世界は、この「役割」と「割り振り」だけではなかなか回っていかない。誰も無理しないし、出来ないことは理屈のいかんに関わらずやらない。どんなに「やるべきだ」論があってもなかなか動かない。「楽しい」か「役立っている感」かがないと人は動かないし、動きたくない。
このような世界では「何が出来ますか」「じゃあそれをやってください」という形でいろいろな人と人が結ばれることが大切になるのだと思う。足りないところがあってもほおっておけばきっとそこを埋めてくれる人が出てくる。出てくるまで「出来ることをやって」待つ。そんなやり方が一番いいように思える。楽しくやりたいことを素直にやる。
昨今、世の中「一億総活躍」などと聞こえはいいが、「活躍してください」と言った瞬間に押し付けがましくなってしまうような気がしてならない。このあたりのさじ加減がとても難しいのだが、とりあえずは何でもやる気が出るように、楽しくなるようにやってみようと思う。






