自治刻刻 師走といえば「忠臣蔵」
元禄14年3月14日、播磨国赤穂藩主・浅野内匠頭が江戸城松之大廊下で吉良上野介に刃傷におよびました。勅使饗応(ちょくしきょうおう)をめぐって浅野内匠頭は吉良上野介のイジメにあい堪忍袋の緒が切れたのでした。江戸城殿中で刀を抜くことは固く禁じられ、まして人に切りかかり血を流すことなどもってのほかでした。将軍の逆鱗にふれ、即日切腹に処せられました。当時のルールは「喧嘩両成敗」なのに吉良上野介にはお咎(とが)めがなく幕府の判断は間違っているとして、浅野家家老、大石内蔵助ら赤穂浪士四十七士が吉良邸に討ち入りました。護衛の侍たちが眠り込んでいる深夜の奇襲攻撃。主君の仇討ちを成し遂げました。江戸の庶民は拍手喝采、今に伝わっています。
奇襲攻撃といえば昭和16年12月8日、ハワイ真珠湾攻撃。千島列島択捉島の単冠湾(ひとかっぷわん)から密かに出撃した日本海軍の連合艦隊、六隻の空母から発進した航空機がハワイ・オアフ島真珠湾のアメリカ太平洋艦隊を空襲、戦艦五隻撃沈など「大戦果」を挙げました。ハワイは日曜日の朝、宣戦布告もない「騙し討ち」であり「リメンバー・パールハーバー」(真珠湾を忘れるな)が合言葉になりアメリカ国民の世論が高揚しました。初戦こそ日本軍は勝ち続けましたが、もともとアメリカの工業力、国力は日本を圧倒するものであり、半年後のミッドウェー海戦の敗北を契機に形勢は不利になり原爆投下、敗戦に至りました。
平成27年、「日野町戦後70年事業」で講演いただいた元日本遺族会長の古賀誠氏(自民党元幹事長)が「憲法九条は世界遺産」という本を発刊されました。本の帯には「戦争未亡人を再び出さない平和な国をつくりあげていくことが政治だ」とあります。
今年11月にローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇が来日。広島、長崎を訪問され、核兵器廃絶を強く訴えられました。
江戸時代は戦がなく元禄文化が花開きました。戦争のなかった「平成の時代」から「令和の時代」へ、憲法を守り平和な時代をつくるために力を合わせましょう。






