「物言わぬ語り部」の思いを次世代に
【全県】 先の太平洋戦争に出征し、亡くなった人の遺留品を遺族の元へ返す「戦争遺留品返還式」がこのほど県公館(大津市京町4)で催され、寄せ書きの日の丸や軍隊手帳など県出身3人分の遺留品が約70年ぶりに古里の遺族の元に戻った。
戦時中、出征兵士に武運長久を祈って託された寄せ書きの日の丸をはじめ、その他の遺留品は他国の兵士によって戦利品として持ち帰られることがあった。
県遺族会(同市におの浜4、大長弥宗治会長)では、国やアメリカの団体「オボン・ソサエティ」らと連携し、それらを古里に戻す取り組みを継続しており、2018年度に寄せ書きの日の丸3点が県内の遺族へ返還されたのを始まりに、19年度は日の丸2点、幟(のぼり)旗、手紙の計4点が県に戻ってきた。
今回、厚生労働省から日本遺族会を通じ、県遺族会に関係遺族の捜索依頼があり、各市の遺族会を通じて調査を行ったところ、3点の遺留品について遺族が判明し、引き取りについても了承を得た。
今回、返還されたのは次の3点。
▽山田芳蔵さん(東近江市)の寄せ書きの日の丸▽岡田勘平さん(米原市)の寄せ書きの日の丸▽辻英次さん(甲賀市)の軍隊手帳。
返還式には、三日月大造知事と各遺族のほか、県遺族会、富田博明・県議会副議長、遺族各市の首長らが出席した。
各遺族に遺留品を手渡しで返した三日月知事は「ずいぶんと日を要したが、多くの人の尽力で遺留品を家族の元に届けることができた」と述べ、戦没者を哀悼した。
東近江市の山田芳蔵さんの兄の孫で、遺族を代表してあいさつした山田明宏さんは「大叔父の芳蔵さんも古里に帰れることを喜んでいると思う。本当によかった。まだ海外には多くの遺留品があるが、遺族の元に戻ってほしい」と感慨深く語った。
県遺族会相談役の國松善次氏は「遺留品は無言の語り部だ。遺族の皆さんには、次の世代や地域に戦争の悲惨さや平和の尊さ、友好の大切さを伝えてほしい」と語った。







