3人の探検家の歴史と今 自然の恵みと島民の暮らし
小笠原最大の父島
小笠原に行くには、東京から父島まで就航している大型定期船「おがさわら丸」が唯一の公共交通手段で、人の往来のほか物資の運搬など、島民の生活を支える重要なライフラインの役割を果たしている。片道24時間の船旅で、船内で1泊して翌朝午前11時に父島の二見港に着く。現在、空港の建設計画はあるが、実現していない。人口は父島と母島の2島合わせて2583人(父島2135人、母島448人・6日現在)で、1514世帯が暮らす。
島民の多くは、内地からの移住民で、戦中の疎開から戻ってきた元島民の子孫は島民全体の1割ぐらいだという。人口の平均年齢は40歳代と若く、高齢化率は14・1%(2020年現在)と全国平均(28・7%)を大きく下回り、若い世代が地域社会を形成している。高齢化率が低いのは、診療所はあるが総合病院がないことから内地に移り住む高齢者が多いのかも知れない。
島に平坦な自然の土地は少なく、住宅地が少ない地域課題を抱えている。都営住宅の建て替えが進められてはいるが、部屋数が限られ、新しく入居出来るのは5年先ぐらいになりそうだという。民間アパートもあるが、家賃が月額8~9万円と高く、空き家も少ない状態では、新しい移住者の生活は難しい現状にある。
近年、世界自然遺産の魅力に憧れた若い人が移り住み、観光産業に従事するというライフスタイルが主流となっているという。
島までの物流費がかかるということもあり、物価が高く、ガソリン1リッター当たり223円だった。食料品等の生活雑貨は、二見港の中心部にある2つのスーパーで販売されており、島民の生活を支えている。
父島には、2月6日から9日までの4日間滞在し、小笠原の自然・文化・歴史ガイドの冨田益生(マスオ)さん(55)と日本で最初のコーヒー栽培が始まったとされる父島で、その歴史を受け継ぐ野瀬もとみさん(54)を訪ねた。








