金剛定寺(日野町中山)
鎌倉時代の資料に現れる聖徳太子創建本朝48(46)精舎の一つで、近江11か寺の一つにも数えられる。本尊十一面観音も太子作と伝えられる。奈良仏教との関係が深く、聖武天皇の勅命により、東大寺のお水取りを始めた実忠が、鑑真将来の舎利を納め、後に空海が舎利をもう一枚納めたと伝えられる。現在は小堂を残すのみではあるが、伝えられた絵図には七堂伽藍が建ち並ぶ大寺の様子が伝えられている。本尊は作例の少ない座像の十一面観音像。このほか重要文化財に指定されている平安時代前期の聖観音像と、平安時代後期の不動明王三尊などの仏像、鎌倉時代の石造層塔を伝える。また、境内には太子堂が建立され華麗な聖徳太子像が祀られている。さらに龍の寺としても信仰され、日照りの際に、金剛定寺の裏にある竜神池に仏舎利を持ち出し、雨乞いをするという行事もあったと伝わる。







