ゆかりの地紹介からドラマ関連企画まで
【全県】 今年のNHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公として注目を集めている紫式部。「源氏物語」の作者であり、平安時代の京で活躍した女性であることは有名だが、実は、琵琶湖の周りにもゆかりのある場所が点在する。特に、つながりが深く伝わる大津市では紫式部をキーワードにした新たな魅力発信事業に熱を込めて取り組んでいる。1000年前の紫式部の足跡をたどり、未来へ続く新たな湖国を知る絶好の機会だ。(羽原仁志)
紫式部の歴史
紫式部は、一般的には970年代頃に生まれ、1020~30年代頃に亡くなったとされる。藤原道長ら貴族が権勢を奮い、京できらびやかな貴族の文化が花開いていた平安時代中期の人物である。
父は下級貴族の藤原為時。文化人として知られ、時の花山天皇の下で官職に就いていた。次の一条天皇の時代、為時は大国の越前国(現在の福井県)国司(今の県知事のような役職)となり、娘時代の紫式部を連れて数年過ごしたとされる。
紫式部も父同様、文芸に優れた人だったらしく、後に道長にその才能を見出され、道長の娘で天皇の妻・中宮となった彰子の家庭教師として宮中に務めた。
作家としての紫式部は、長編小説「源氏物語」をはじめ、宮中の様子を記した「紫式部日記」などの作品を残している。「紫式部日記」は当時の宮中の暮らしぶりを現代に伝える貴重な歴史資料でもある。
また紫式部は幼いころから歌を多く詠んでおり、和歌の名人でもあったとされる。天皇や上皇が優れた歌を集めるよう命じて編さんされる勅撰和歌集にも多くの歌が選ばれており、平安時代末期に選ばれた和歌の名人・中古三十六歌仙の一人にも挙げられている。「小倉百人一首」に収録された「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲隠れにし 夜半の月かな」などは聞いたことがある人は多いだろう。
紫式部の業績の中で特に有名な「源氏物語」は、主人公・光源氏やその子孫と彼らを取り巻く老若男女の恋愛・成長・愛憎・権力闘争・栄枯盛衰の物語で、五十四帖からなる作中では70年以上にわたる壮大なドラマが繰り広げられている。日本古代の貴族文化を描いた傑作文学として高く評価されており、国内はもとより、近年では30以上の言語で翻訳され、海外にもファンの輪を広げている。
紫式部の見た近江路
県内でもっとも紫式部の伝承を色濃く伝えているのは大本山石山寺(大津市石山寺1)だろう。
石山寺は紫式部の時代より以前の奈良時代に開山された。古くから知られる観音の聖地であり、近世には「近江八景・石山秋月」として浮世絵にも描かれた景勝地でもある。
平安時代、「石山詣(いしやまもうで)」が女性文学者らの間で人気となり、京から多くの人が参詣に訪れた。紫式部も石山寺にこもって「源氏物語」の構想を練ったという伝承がある。
石山寺の創建と観音の霊験などが描かれた「石山寺縁起絵巻」などによると、紫式部は新しい物語祈念のために石山寺に7日間参籠(さんろう)したとされる。その際、琵琶湖の湖面に映える十五夜の月の光景から紫式部の脳裏に一つの物語が浮かび「今宵は十五夜なりけり」と書きだしたと伝えられる。後にこの部分は、京から離れていた光源氏が月を見て都を思い出す「須磨巻」に生かされることになったという。
石山寺は「『源氏物語』というすばらしい物語の作者であるということだけでなく、紫式部が観音さまの化身であると伝わっています」と説明する。
紫式部が「源氏物語」を起筆したとされる本堂横の部屋は「源氏の間」として保存されている。また、境内の奥に広がる「源氏苑」の一角には紫式部の銅像が安置されているほか、紫式部の供養塔などもある。さらに、石山寺では、紫式部や「源氏物語」にまつわる作品を多数所蔵しており、毎年、境内で開く「石山寺と紫式部展」で他の寺宝とともに公開している。
今年は寺内にある展示収蔵施設・豊浄殿で春(3月16日~6月30日)、夏(7月6日~8月25日)、秋(9月1日~12月1日)にかけて、100点近くの所蔵品を展示する予定で、「紫式部や『源氏物語』への興味をきっかけにお参りいただき、観音さまとのご縁を結んでいただけますと幸いです」と期待している。
県内には他にも、紫式部ゆかりの地がある。
紫式部は父とともに越前国に移る際、大津から船に乗り、琵琶湖を北上、深坂古道(長浜市西浅井町沓掛)を越えていったとされる。琵琶湖を渡る際、西回りだったのか東回りだったのかは分からないが、その際、立ち寄った先で歌を詠んだという。いくつかの場所では、歌碑が建てられ、顕彰されている。
そのうちの一つが百々神社(近江八幡市北津田町)の鳥居の前に設置されている。碑文には「おいつしま 島守る神や いさむらん 波もさわがぬ 童部の浦」という歌が草書体で刻まれている。これは紫式部が沖島(同市沖島町)を眺めた際に感じた湖面の穏やかさを詠んだものとされる。また、同じ歌を楷書体で刻んだ歌碑が野洲市あやめ浜にも建てられている他、白鬚神社(高島市鵜川)の境内には紫式部の詠んだ「三尾の海に 網引く民の てまもなく 立居につけて 都恋しも」の歌碑が建てられている。
その他、紫式部が越前国に旅立ったのは現在の県立芸術劇場びわ湖ホールあたりの打出の浜だったとされ、父の為時は後に園城寺(大津市園城寺町、三井寺)で出家しているなど、足跡をたどれる場所は県内各所にある。
一方、「源氏物語」に関係する場所も県内に存在する。
「源氏物語」の主人公・光源氏にはモデルとなった実在の人物が何人かいると推察されている。有力候補の一人として、光源氏と似たエピソードを持ち、物語に関係する土地に屋敷を構えていたことなどから平安時代前期の貴族・源融(みなもとのとおる)が挙げられる。
大津市伊香立南庄町に立つ「融神社」は、融が閑居を設けていた場所で、後世になってから融を祭神としてまつったとされている。
さらに「源氏物語」には近江の君という人物が登場する。滋賀県へのつながりを知った上で、改めて物語を辿ってみるのも面白い。
大津をゲートウェーに
大津市では、今回の大河ドラマを機に地域の魅力を発信していく多彩な事業を予定している。
2022年10月、市は観光協会や商工会議所、事業者など24団体と「大津市大河ドラマ『光る君へ』活用推進協議会」を発足。物産振興や拠点整備、観光誘客などについて協議を重ね、「石山寺エリア」と「三井寺・歴史博物館エリア」の2拠点を基点とする市内・県内周遊の促進を図る方針を定めた。
「石山寺エリア」では、前述の企画展「石山寺と紫式部展」のほか、明王院でドラマ関連の映像やパネル・衣装・小道具などを展示する「光る君へ びわ湖大津 大河ドラマ館」を今月29日~来年1月31日まで開催する。また、隣の世尊院では、恋をテーマに平安時代の文化を体感できる「源氏物語 恋するもののあはれ展」を同時開催するほか、東大門近くの拾翠園と門前店舗では、地域事業者らが考案した物産品の販売を行う。
「三井寺・歴史博物館エリア」では、今月10日~来年2月2日まで歴史博物館で、紫式部や「源氏物語」関連資料を展示するほか体験型コンテンツを設ける特集展示「源氏物語と大津」を実施するほか、三井寺で今月29日~7月31日と10月1日~来年1月31日に「紫式部と三井寺展」を開催する。
さらに、大津市では紫式部が唯一、京を離れて暮らした福井県越前市と源氏物語のラスト宇治十帖の舞台となった京都府宇治市と連動し、3市共同ホームページ(https://murasakishikibu-kanko.jp/)での情報発信なども実施している。
同協議会では昨年5月、同市出身の漫画家・唐々煙さんが紫式部のイラストを手がけた高さ約3メートル、横約9・5メートルの大看板を石山駅構内に設置した。同市では「大津市をゲートウェー(入り口)に、多角的につながりを広げてほしい」と期待している。











