小学校転校先、肌や髪でいじめ 母親「この姿で生まれて感謝する日が来る」
【東近江】 東近江市人権ふれあい市民のつどいがこのほど、八日市文芸会館で開かれ、俳優でタレントの副島淳さん(40)が講演し、身体的な違いから受けたいじめ、自分を取り戻すきっかけになった中学校の部活動、大人になって受け入れられるようになった母親の言葉を振り返った。市民約300人が聞き入った。
講演の中で自らの生い立ちを、アメリカ人の父親の顔も知らずに育ち、日本人の母親と母方の祖母の3人で暮らしたと紹介。生まれ育った東京下町では、町工場に多くの海外の人が勤めていたり、人情のある土地柄からか、外見の違いでいじめられることなく、「幸福度100%」で楽しく明るい幼少期だったという。
一変したのは小学4年生の転校先で、まずクラス全員の無視にはじまり、身体的な違いをののしられ、さらに蹴る、殴る、そしてトイレで上半身を脱がされ、背中に洗剤をかけられてブラシでこすられる、壮絶ないじめを受けるようになった。
心身ともに疲弊し、感情を母親に爆発させ、「無責任に生まなかったら、つらい思いをしなくてすんだ」「お前じゃ話にならないから、父親を連れてこい」とぶつかった。母親は、自分をいじめている子どもと同じ肌の色、敵に見えたという。
母親は寄り添うのではなく、肌の色や髪型について、「特別な存在だよ。いつか、この姿で生まれて感謝する日が来るよ」と、想定外の対応だった。
副島さんは「母親の対応は口が裂けても正解と言えず、ひょっとして不正解かもしれない。繊細な問題で一人一人の環境は違う。(いじめ被害にあっている人は)逃げても死ぬ選択はしないでほしい。生きているからこそ、何か可能性があるから」と訴えた。
いじめは小学校卒業まで続き、中学校ではいじめをした同級生のいないバスケットボール部を選んだのが、「本当にラッキーだった。先生の熱い指導で、人間的に成長させてもらった」。
高校、大学も競技を続け、縁あって芸能界に入ることになった。今となっては、見た目があるからこそ、芸能界で活動できている部分があるという。
「感情をぶつけたときの母親の言葉は本当になった。1人で生んで育てる決心をしてくれたことに感謝している。違いを楽しんでほしい」と締めくくった。
つどいではこのほか、来年秋に県内で開催される国民スポーツ大会・全国障害者スポーツ大会のイメージソングを作詞・作曲した手話シンガーソングライターのyokkoさんによる手話歌コンサートが開かれた。







