県平和祈念館の地域交流室展示
【東近江】 東近江市下中野町、県平和祈念館の地域交流室展示「戦傷病者の社会復帰」が9日から開催されている。負傷した兵士が使った義足や義手、義眼など17点が展示され、戦傷病者の苦難を次の世代に二度と経験させてはならないと静かに語っている。
同展は、平和祈念館が聞き取りを行ってきた体験談をもとに、義肢装具メーカーの川村義肢(大阪府大東市)や、傷痍軍人の資料を展示する「しょうけい館」(東京都千代田区)などの提供協力を得て、企画された。
「戦傷病者の社会復帰」
義肢装身具や体験談を展示
会場では、戦中に傷痍軍人に下賜(かし)された義肢装身具のほか、県内出身者の帰郷後の暮らしをパネルで紹介。また、戦後、傷痍軍人が機能訓練を経て、努力の末、社会復帰してゆく様子を紹介するモノクロの記録映像も放映している。
東近江市のHさんは、迫撃砲弾の破片で右目を失明して帰郷。県の勧めで傷痍軍人の小学校教員養成学校へ入った。学校には夫を戦争で亡くした未亡人もいたという。戦争末期になると戦争遺児の世話や勤労動員の指導にあたった。
政府は戦中、国民の戦意高揚や消耗戦による働き手確保のため、傷痍軍人の社会復帰に努めた。マスコミも、このような人々を社会復帰をめざす「花形」として注目し、取り上げた。
しかし、敗戦後は恩給が一部廃止され、経済的に困窮するとともに、社会から差別を受けるようになった。
股関節を負傷して歩行が困難になった大津市のTさんは戦中、妻の実家に身を寄せていたが、農作業が思うようにできずに肩身の狭い思いをした。一方、手先の器用さを生かして大工仕事を覚え、戦後は京都の山にこもって11年間、木材に関わる仕事に関わった後、木材会社を親族と立ち上げた。
同館の担当は、「心も身体も傷ついて苦しんだ人々がいたことを知ることで平和の尊さを再認識するとともに、障害あるなしに関わらず自分らしく活躍できる社会について考えてほしい」と話していた。
展示は来年2月9日まで。入館無料。月火、年末年始は休館。問い合わせは同館(TEL0749―46―0300)へ。







