参加者約350人 自らの役割と終末期考える
◇東近江
蒲生地区まちづくり協議会と東近江市は十五日、「蒲生地区まちづくりフォーラム~健やかで安らかな蒲生野をめざして 蒲生地域の安心を語り合う~」をあかね文化ホール大ホールで開き、参加した地域住民と医療・福祉・介護関係者約三百五十人が地域医療の担い手としての意識と役割について考えた。
●蒲生モデル築く
昨年十一月策定の東近江市立病院体制整備実施計画で、市立蒲生病院を有床診療所「(仮称)蒲生医療センター」に再整備し、新医療体制のもとで家庭医の育成拠点とする方向性が示された。西澤久夫市長は「安心できる地域医療が、蒲生をモデルに全国へ広げていけるよう全力で取り組む。(住民も)一緒になって地域医療を支え合う関係を築いてほしい」と協力を求めた。
●命をつなぐとき
真の安心・幸せとは何か―。地域医療の現場を撮影しているフォトジャーナリスト・國森康弘さんは、東日本大震災の被災地や平均寿命五十歳のソマリア紛争地、無縁仏となった日本の日雇い労働者の写真を紹介。「天寿を全うできず、別れも言えない状況を数多く見てきた一方で、天寿を全うして命のバトンが手渡される場面を撮りたいと思ったとき、すごく身近なところにあると気付いた」。
決してリセットできない命の重みを死から感じ取るひ孫の姿や娘の「ありがとう」を聞き息を引き取った高齢者など、國森さんが永源寺地域を中心に撮った自宅での看取り(みとり)写真は、見送る人そして見送られる人の愛と悲しみを超越した温もりにあふれ、参加者の心の琴線に触れた。
●医師を支える住民
高齢化率三〇%の永源寺地域を十二年にわたり支える永源寺診療所所長・花戸貴司医師は、現在、一歳から九十八歳まで在宅患者七十六人を担当している。
地域住民に見守られ育まれてきた経験から「医療・福祉・介護のスタッフをはじめ地域の人々に支えてもらっているからこそ、医師としてやりたいことができている。在宅医療は医師一人ではできない」と強調、往診時に白衣を着用しない理由を「地域の一員として活動したいから」と語った。
また、在宅医療・看取りは、身近な人の死に直面する機会の乏しい現代っ子にとって「高齢者が『生きる』ことを若い人へ伝える絶好の機会」と説き、住み慣れた地域や家族に囲まれた生活を取り戻すことで「病気が小さくならなくても(患者の)元気が大きくなれば、総体的に病気は小さくなるのではないか」とも。
●仕組みづくり
「人生八十年の時代、病と死の間に『老』が入ってきた。病院で治してくれない老いを元気にしてくれるのは、家族や地域。ここを元気づけないと超高齢社会は乗り切れない」。嘉田由紀子知事は、二十年先を見越して“地域を支える医療福祉・在宅看取りプロジェクト”に取り組む決意を示した。
自宅で最期を迎えたいという県民が半数以上にのぼるため、嘉田知事は“不安”(患者急変時の対応)と“遠慮”(看護・介護する家族と迷惑をかけたくないと考える患者の間に生まれる遠慮)の解消に向けた“仕組みづくり”(当事者を支える地域のネットワーク)を重視。在宅で療養・看取れる体制整備の一つとして、滋賀医科大学の支援を得て東近江地域で展開する“家庭医養成プログラム事業”を掲げ、「地域住民が若い医師を育ててほしい」と訴えた。
●覚悟と準備の大切さ
続いて蒲生地区まちづくり協議会・向井隆会長進行による座談会。過剰な医療依存により一分一秒長らえることや医療費を払えば病気を治してもらって当たり前と考える顧客・消費者意識の芽生えといった生活者自身の変化が、医療従事者の重圧になっていった側面を指摘した上で、國森さんは「命はいつかついえる。普段から最期の迎え方を家族とともに話し合うなど、『覚悟』と『準備』が必要になる」と、幸せなゴールへの秘訣を伝授した。
「自宅での生活を大切にしながら死を迎えたい人」との問いには、参加者の大半が挙手。
最後に、花戸医師が、安心して暮らせる蒲生地域実現のためにも「その思いや声を若い医師に伝えてほしい」と呼び掛けた。






