滋賀県議会議員 今江 政彦
『「平穏死」のすすめ(石飛幸三氏著、講談社発行)』という著書をお読みなった方は多いと思います。今回はこの「平穏死」について考えてみたいと思います。この著書のサブタイトルは『口から食べられなくなったらどうしますか』ですが、こうした場合、今の医療体制の中では胃瘻(いろう・胃に穴をあけてチューブを入れる)や経鼻胃管(鼻からチューブを入れる)によって栄養を摂取する方法、あるいは高カロリーの点滴という方法が取られます。
しかし、高齢者が老衰や病気で食が細くなり、静かに死を迎えようとしている時に、無理やり食べさせるというような方法が果たしてよいのでしょうか。むしろ静かに自然に眠らせてあげよう、というのが平穏死の考え方だと思います。しかし、家族はその選択にあたって悩み、苦しんでいるのが現状です。
私も高齢の近親者が脳梗塞で食事を取れなくなった時、医師から胃瘻の処置をするか、その家族に決断を迫られたという経験があります。
かつての医療現場では自分で食事を取れなくなったら当然のように胃瘻の処置がされたようですが、いまでは家族の判断に委ねられるようになりました。私の近親者の場合は急性期の治療が終わっているので、退院して胃瘻も点滴もしなければ、数日間で死の瞬間を迎えるということになります。
しかし、平穏死を望むとしても在宅での看取りをお願いする医師のあてもなく、また、それまで入所していた老人福祉施設で看取りをお願いすることも難しい状況でした。結果として療養病床を持つ病院にお世話になり、点滴を受けながら数カ月で最期を迎えました。
さて、昨年に実施された医療福祉に関する県民意識調査では人生の最期を迎えたい場所は約半数が自宅と答えられ、延命医療は望まないという回答は8割以上を占めています。しかし、一方で約56パーセントの人は自宅で最期まで療養するのは実現困難と考えておられます。
滋賀県では未来戦略の中で在宅看取りプロジェクトとして地域医療を担う医師・医療専門職の育成や在宅医療の推進などを掲げていますが、現実には緊急時の対応が十分でない、24時間対応が難しい、病院や診療所間の退院調整が十分でない、などの課題も多く、在宅看取りの体制は未だ整っていない現状です。
今後、高齢化がますます進む中で、人として幸せな最期を迎えられるように、在宅医療制度の構築・整備を一層進めるとともに、「平穏死」という考えも含めて患者・家族や地域・住民の意識転換のための啓発をすすめるなどして、社会全体として「人の死」について見つめ直す必要があると思います。






