東近江市長 小椋 正清
国を挙げての招致運動の結果、2020年(平成32年)にオリンピックが再び東京にやってくることになりました。
1964年(昭和39年)東京オリンピックの時、私は中学1年生でした。今でも三波春夫の東京五輪音頭はアカペラで歌えるぐらい耳なじみのある曲となっていますが、私たちの世代ならば多くの方がそうではないでしょうか。
昭和のオリンピックは、戦後日本の姿を劇的に変化させました。東海道新幹線と名神高速道路の開通がその双璧です。高速交通網の整備によって高速大量輸送という利便性は著しく向上しましたが、その一方で利便性と裏腹の関係にある交通事故等のリスクも増大したのです。
また、東京オリンピックから昭和45年の大阪万博までのわずか6年間に、この国における大きなエネルギー革命も起こっているのです。それは薪や炭などの木質エネルギーから化石燃料と言われる石油やガスへの移行です。私はこれを「プロパンガス革命」と勝手に言っておりますが、それまではご飯を炊いたり風呂を沸かしたりするための薪、冬を過ごすための暖をとったり料理をするための炭は生活必需品でありました。これがマッチ一本でご飯が炊け、風呂を沸かせるようになったプロパンガスは生活の利便性を飛躍的に向上させました。が、その一方で、森や山の役割が急速に低下し、森林が持っている大切な機能まで失いかけているのです。
あれから半世紀が過ぎ、近代文明がもたらした利便性や快適性を追求する一方で、不便でも、大切にしたいこと、あえて変わらずにいる勇気も必要なことに気付き始めています。
いずれにせよ、東京オリンピックの開催が当時中学生の私に感動を与え、ある意味で私自身の持続的なエネルギーになっているように、低迷する経済や混乱する国際情勢の中で、今を生きる青少年に大きな夢と希望を与えてくれることを切に願うところです。






