衆議院議員 武藤 貴也
9月5日最高裁が、未婚男女間に生まれた子(非嫡出子・婚外子)の遺産相続分を、婚姻関係にある夫婦間に生まれた子(嫡出子)の1/2とする民法について「憲法違反」とした。裁判所はこれまで違憲とはしてこなかったが「国民意識の変化、国際社会の勧告などに加え、非嫡出子の相続を嫡出子の半分とすることの合理性が認められない」とし違憲とした。各紙も判決を絶賛し「子にとって選択余地のない事柄を理由とし不利益を及ぼすことは許されない」との論陣を張った。確かに全ての子が等しく幸せに育ってほしいと思うのは当然である。しかし、判決に違和感を覚えたのは私だけではあるまい。私は二つの点で欠陥があると考える。
一つは、判決には「子の平等」という視点だけで「家族(婚姻共同体)」の視点が無視されていることである。これまでの民法には「家族」尊重の考え方が存在した。家庭の多くは、夫婦で協力し働き、家事を負担し、親戚や近所付き合い他雑事をこなし、子や親の面倒を見る。子どもは夫婦の協力により養育されて成長し、そして子どもも協力する。このあり方が「家族尊重」という考え方を育んできた。従って、夫婦が得た財産は個人ではなく家族の財産であり、嫡出子に承継されるべきものと国民間で共有されてきたのだ。ところが今回の判決にはこうした「家族の尊重」とも言うべき日本の伝統的視点を欠く。だからこそ「親が亡くなった途端に、親の面倒を見ていない子どもが遺産相続に現れることが許されるのか」という疑問が出されたのである。
二つ目は、「正妻の視点」が無視されていることだ。「一夫多妻」を認めていない日本の法律は不倫や浮気が道徳的には許されない「国民道徳」に基づく。つまり、正妻とその嫡出子にも夫・父に裏切られたという悲しみがあるということだ。だからこそ、民法は正妻の応報感情を重視したものであり、「国民道徳」に裏付けられた法律だと言える。櫻井よしこ氏は言う。「家庭外で子どもをつくることは相応の結果を伴うという覚悟を持つのが本来の姿。父親は、婚外子にも平等に分けてやろうと考えれば遺言を残せる。最高裁で平等を担保するより、責任ある大人として考え、振る舞えばよいことなのだと思う。」
(後編に続く)






