衆議院議員 武藤 貴也
前回私は、昨年最高裁で未婚男女間に生まれた子(非嫡出子・婚外子)の遺産相続分を、婚姻関係にある夫婦間に生まれた子(嫡出子)の1/2とする民法を「憲法違反」とした点について欠陥があるということを述べた。確かに全ての子が等しく幸せに育ってほしいと思うのは当然である。しかし、判決に違和感を覚えたのは私だけではあるまい。「親が亡くなった途端に、親の面倒を見ていない子どもが遺産相続に現れることが許されるのか」ということである。
「子は平等、子に罪はない」と言われれば反論のしようがない。だからこそ、いわば社会的配慮でシングルマザーに対し有利な税法・支援制度を作ってきた。つまり「相続」という分野以外で「非嫡出子」を保護してきたのである。しかし、その上相続権まで同等に認めることになれば、結婚や家族そのものを否定する方向に進みかねないと私は思う。
判決を聞いた長谷川三千子・埼玉大名誉教授は「法の賢慮、平等主義に敗れたり」と表現した。これまで日本では、個人の尊厳や家族の尊重、平等主義と日本の伝統的道徳観念、様々な議論がある中で法制度の整備を積み重ねてきた。家族を守りつつも罪の無い非嫡出子に経済的苦労をなるべくさせまいという、まさに大人の対応として「法の賢慮」を生み出してきたと言って良い。しかしながら「欧米型の平等原理主義」によって、日本の伝統的な価値観が破壊されようとしている。そしてその忠実な指導役に、司法、つまり最高裁判所がなってしまっているのである。
「違憲立法審査権」を金科玉条の如く掲げた最高裁判所が、絶対的権力を持って、「国権の最高機関」である国会をも凌駕し始めている。非嫡出子の問題だけではない。一票の格差問題も、夫婦別姓問題も、地方参政権問題も、全て欧米の「個人主義・人権思想」に基づいて、裁判所や法律家が指導的な役割を果たしている。私は、今回の判決に立法府・行政府としての反論・抵抗をすべきだと思う。私個人は、まだまだ微力である故に国会の中でもできることは少ないが、こうした見解を様々な場所で主張し、また記すことによって、行き過ぎた平等主義に抵抗し、グローバル化の波から少しでも日本の伝統・文化を守るために国民的議論を喚起したい。






