参議院議員 林 久美子
三月十一日。東日本大震災から三年を迎えました。この日私は、政府主催の「東日本大震災三周年追悼式」に出席し、天皇陛下、皇后陛下ご臨席の下、改めて祈りを捧げ、復興を誓いました。
二〇一一年三月十一日。私は東京の憲政記念館で勉強会を開催した後、車で文部科学省に向かっていました。赤信号で停車中、グラッと大きな揺れ。最初はエンストかと思ったほどで、それが地震だとわかるまでに数十秒かかったように記憶しています。地震当時、私は文部科学大臣政務官。文科省のすべてのエレベーターは地震により停止しており、政務官室がある十一階まで歩いて上がり、以降、数ヶ月間、ほぼ文科省に缶詰状態になりました。地震、津波、そして福島第一原発のメルトダウン…。大臣、副大臣、政務官、事務次官、官房長など、責任者が一日に何度も何度も大臣室に集まりました。行方不明者の状況、児童生徒のケア、学校の倒壊状況の確認、再開に向けた取り組み、モニタリングカー等を使った放射線量の測定、モニタリングポストの設置――。毎日、毎日、必死に目の前のことに取り組みました。ただ不思議なことに、今振り返ってみると、必死だったということは覚えているのですが、当時の詳細な記憶はほとんどありません。少しずつ、当時の資料を整理してみようと思っています。
あれから三年――。死者は一万五八八四人。未だに、行方不明二六三三人、避難者二六万七四一九人、仮設住宅入居者数九万八一二四人(今月十日現在)。様々な世論調査の結果を見ると、多くの方が「復興は進んでいない」と感じていらっしゃるようです。岩手、宮城、福島の被災三県の有効求人倍率はそれぞれ一倍を超え、全国平均の一・〇四を上回っているものの、雇用のミスマッチに苦しんでいます。また、東京電力から莫大な賠償金が支払われることにより、働く意欲が失われているという現実も指摘されています。東京電力が避難生活を余儀なくされた人に支払う「精神的損害」の賠償金は一人あたり月十万円。しかも避難によって働けなくなった分の給料も補償されるので、世帯主の収入が三十万円で四人家族であれば、月に七十万円が得られることになります。こうした賠償のあり方が、「働かない方が得」という気持ちにさせ、結果的に復興を遅らせているという面もあるのでは、と懸念されています。また昨今の円安、資材価格の高騰に加え、全国で不要不急の公共事業が大量に発注されているため、被災地での入札不調が発生しハード面における復興も足踏み状態となっています。
私たちは何をすべきなのか。時間とともに風化してしまいがちな記憶と戦いながら、少なくともあの震災を忘れないこと。大切な家族や故郷を失った被災者の皆様の気持ちに寄り添うこと。前述したような課題を解決し、被災地に暮らす人々が自立して前を向いて歩んでいけるよう、後押しをすること。そして自然と共生しているという謙虚な気持ちで、災害に強い日本を創っていくということ――。三年を迎えた今、改めて心に誓いたいと思います。






