衆議院議員 武藤 貴也
「集団的自衛権」が議論になっている。総理の諮問機関は集団的自衛権が行使できるとする憲法解釈の変更を求める報告書をまとめ、自民党は「限定的容認」を目指している。私から見れば遅過ぎるし、「限定的」という文言に違和感を覚えている。そもそも集団的自衛権は国際法上認められた国家固有の「権利」であり、国連憲章第51条では「自然権」として明記されている。「自然権」とはいかなる法によっても制限できない生来の権利のことを言う。従って、それを憲法が禁じていること自体異常なのである。
数年前、国連改革が叫ばれた時期があった。日本は常任理事国入りを目指し同様の目的をもつ国々と働きかけを行ったが、失敗に終わった。というのも日本が膨大な援助を送り続け成長を遂げたASEAN諸国の内、一か国も日本を支持しなかったからである。その理由は中国への配慮があったからだ。最近中国は尖閣諸島だけではなく、ベトナムなど南シナ海でも衝突しているが、南下は従来からあった。実はその都度日本は、中国に対する抑止力として関係諸国から期待されていた。元タイ大使岡崎久彦氏は、かつて日本と同盟関係を結びたいとタイ政府から幾度となく働きかけがあったと証言している。しかし同盟関係は結ばなかった。理由は集団的自衛権の行使ができないからだ。日本は守ってもらえても、他国を助けることはできない。こうした状況では結べない。ASEAN諸国にとって日本は安全保障上全く頼りにならず、中国に配慮せざるを得なくなったのである。
弊害はPKO活動の際も起きた。湾岸戦争以来、国際的な義務と責任のため、幾度となく自衛隊海外派遣を行った。しかし現地では他国軍隊に護衛してもらい、その軍隊が攻撃を受けた場合、自衛隊は護衛してもらっている軍隊を援護すらできない。当然日本の信頼を失墜させることになる。
にもかかわらず、未だ「限定的」という言葉に違和感を覚えるのは私だけではないだろう。中東や南米でPKO活動が行われるかもしれないし、今後地球の裏側にある欧州や南米の国と同盟関係を結ぶこともあるかもしれない。それらを想定し「集団的自衛権」という「権利」を行使できるように法的環境を整備することは当たり前のことである。






