滋賀県議会議員 井阪 尚司
今年も、全国各地で戦没者慰霊祭や平和記念式典、平和の集い等が行われます。英霊に哀悼の意を表し、今も世界の中で起こっている戦争やテロの撲滅を願うとともに、世界に誇る日本国憲法の重みを再確認して平和への誓いを新たにしたいと思います。
さて、滋賀県立平和祈念館では、当時の戦時中の暮らしや様子について語り部の声も交えて様々な展示がされています。その中に、平和の使者「青い目の人形」のパネルがあります。
童謡にもなった「青い目の人形」は、今から87年前の昭和2年3月に、日本とアメリカの関係を心配したギューリック博士の呼びかけで、アメリカの子どもたちから日本の子どもたちへ平和を願う人形として贈られたものです。日本の雛祭りに合わせて全国の学校園に約12,700体の人形が届けられ、学校園では盛大に人形の歓迎会が催されました。同年11月には、日本からアメリカへ、クリスマスに間に合うように「答礼人形」58体が贈られました。
しかし、昭和16年に日本とアメリカは太平洋戦争へと突入してしまい、人形は敵国のものとして多くが焼き捨てられてしまいました。現在日本に残っているのは約300体といわれ、近畿では20体、滋賀県内には甲南第三小学校(甲賀市)、平野小学校(大津市)、稲枝北小学校(彦根市)、日野小学校(日野町)の4体が残っています。
戦争と平和を考えるとき、戦争の悲惨さを伝える資料が多い中、青い目の人形は平和の使者としての役目を果たした唯一の資料として重要な位置を占めています。一昨年、県内NPOが主催して県域の青い目の人形フォーラムとミュージカルが開かれ、4体の人形が一堂に会しました。今度は、全国フォーラムを滋賀県主催で開催してはと議会でも質問・提案していますが、まだ実現していません。






