三日月氏 知事選勝利を追う(9)
◇全県
今回の知事選は、二人の軍師の戦いだった。嘉田氏が初当選した平成十八年、再選した二十二年の選挙を支えたのが、対話の会のメンバーであった塚本茂樹・湖南市議(49)と若き選挙プランナーの松田馨氏(34)だった。松田氏は、嘉田由紀子前滋賀県知事が京都精華大学で教授として教鞭を執った時の教え子である。
嘉田氏の後継者指名を受けた三日月大造知事(元民主党衆院議員)には塚本氏、自民党が担いだ小鑓(こやり)隆史氏には松田氏がそれぞれ選挙参謀となり、雌雄を決することになる。辛勝した塚本氏に知事選を振り返ってもらった。
塚本氏らが四月二十日に実施した県政世論調査では、もし嘉田氏が出ない場合では、小鑓氏が三〇%、三日月氏二二%、共産推薦の坪田五久男氏一〇%、「決めてない」三八%で、小鑓氏が三日月氏を約一〇ポイント近く引き離していた。
ところが武村正義元大蔵大臣の呼びかけで、嘉田氏と三日月氏との一本化調整を図ろうと四月十三日、同二十六日、五月七日の計三回開催された「嘉田県政を検証する県民の集い」で流れが一変する。 嘉田氏の去就をめぐり、マスコミが連日報道したことで、五月十日、十一日の世論調査では表の通り、三日月氏に突風が吹き三七%とトップに躍り出たのだ。
六月二十九、三十日の調査では、三日月氏が三四%で、小鑓氏(三五%)に一ポイント負けていた。このため四〇%を占める無党派層、なかでも女性にターゲットを絞る一方、地域別では1区(大津市・高島市)が一〇ポイントも小鑓氏に離されていたため、最後の一週間は1区に総動員をかけ、結果的に四・四ポイント差まで縮めた。
塚本氏らの数字と異なるのが自民党本部の世論調査だった。告示直前の六月二十一、二十二日の同党の世論調査では、小鑓氏四四・〇%、三日月氏三一・二%と小鑓氏が十数ポイントリードしていた。それが七月に入って追いつかれたのだ。
塚本氏は「例えば自民党本部が『自民が推す小鑓氏、元民主党衆院議員の三日月氏』という聞き方で調査したなら、自民支持率が高い中で小鑓氏の数字が跳ね上がる」と見ている。
自民党県連役員は「普通なら告示直前で一〇ポイント以上も勝っているなら、ひっくり返されることはまずない。やはり選対本部が十分に機能しなかったことが大きい。例えば選挙用ポスターが出来上がったのが告示の三日前、法定ビラ一号が出来上がったのが告示直前といった具合に、なぜか作業が遅れていた」と指摘する
塚本氏は自民の敗因について「今回の知事選は、ある意味で政党が全部負けた選挙だった。ラーメン屋で嘉田さんが食事をしていると、『嘉田さんや』と多くの人が寄ってくる。嘉田県政八年で、知事と県民の距離が近くなった。この辺りを自民党は過去二回の知事選敗北から学ばなかったのではないか」と分析している。(石川政実)








