民主、2議席確保で反転攻勢の芽
◇全県
第四十七回衆院選は十四日に投開票され、自民党が単独でも過半数(二百三十八議席)を大きく超えて、連立を組む公明党と合わせると衆院の三分の二に当たる三百十七議席を上回った。滋賀県でも全国の流れと同様に、自民候補が四小選挙区全てで勝利した。民主は敗れはしたものの、比例復活で二議席を確保するなど意地を見せた。そこで衆院選を記者座談会で振り返ってみた。
【石川政実、松村好浩、高山周治】
―まさに今回の自、公の大勝は、「軍靴の響き高鳴る」だよ。
ところで滋賀県でも全国の流れを受けて、自民候補が四小選挙区で全て勝ったが、1区だけは大接戦になったね。
A 十三日に最後の訴えを終えた自民の大岡敏孝氏は「急な解散で、さすがに民主の川端達夫氏といえども、争点を絞れなかったのだと思う。同氏の選挙ポスターのキャッチコピーは『一強にカツ』だったが、これが例えば派遣労働者問題などを取り上げていれば、もっと怖かった」と指摘していた。
前回に続いて、民主の重鎮、川端氏に競り勝った大岡氏は、原発再稼働や農協改革などを訴えた潔さが、維新票まで手繰り寄せた。
B 比例復活した川端氏は「小選挙区で勝てなかったのは、何かがたりなかったこと」と述べたのが印象的だった。連合滋賀頼みでは、無党派層に食い込めないということだろうか。昨年七月の知事選で三日月大造知事を誕生させた「チームしが」に数多くのヒントがありそうだ。
―2区も意外と接戦になったね。
A 序盤から優勢が伝えられた自民の上野賢一郎氏だが、とにかくまめに、二年間、地域を歩いている。ただ米原市や長浜市に見られるように、県議同士の確執が民主の田島一成氏の猛追を許すことにもなった。
B 田島氏は前回落選してから二年間は、現職のように回れず、表面上の活動はほとんどみられなかった。大きく変わったのは、先の知事選で「チームしが」に加わってからだ。
田島氏は、いきなりの解散で後援会の立て直しに追われる選挙戦で、上野氏に先行を許した。だが後半戦では、「チームしが」代表で、びわこ成蹊スポーツ大学学長の嘉田由紀子前知事が応援に駆けつけ、長浜市での街宣につきそった。先の知事選の取り組みが、比例復活につながった。
―3区は、自民の武村展英氏が七万票の大勝で、民主新人の小川泰江氏を大きく引き離したが。
C 武村氏は前職の強みを生かし、最低でも五万五千票は計算できる固い保守組織をまとめる一方、街頭活動を重視して無党派層を掘り起こす戦略が功を奏した。
これに対し、小川陣営では、準備不足と知名度不足が否めなかった。立候補を決めたのが衆院選公示のわずか十七日前だった。後援会長の嘉田氏が連日、応援に駆けつけた。 しかし連合滋賀のエンジンがかかるのが遅かった。三日月氏という連合組織内候補で戦ってきただけに、日本未来の党の党首であった嘉田氏が後援会長を務める小川氏に違和感があったかも知れない。
こんな嘉田氏に対し、自民党県連は大学を運営する大阪成蹊学園の理事長に嘉田氏の自粛を求める要請文を送付し、嘉田氏も反論。そして連合滋賀もエンジンがかかり、風が吹きかけ始めたところでゲームセット。「あと一週間あれば」と陣営では悔しがっていたよ。
A それでもこの短期間で4区の民主の徳永久志氏を約六千票上回る四万六千票の得票は立派だよ。民主党も小川氏に再チャレンジを要請すべきだ。
―4区は自民の武藤貴也氏が強かったね。
C 4区は組織力の差が投票率の低下で浮き彫りになった。それでも、維新の党の岩永裕貴氏と徳永氏の得票数を合わせると、4区の投票者の半分以上となっただけに、二人が票を分け合うことで、武藤氏には余裕の選挙戦となった。
A 冨士谷英正・近江八幡市や中嶋武嗣・甲賀市長が、武藤氏の当選の万歳にも姿を見せなかったことには驚いたよ。前回の選挙で武藤氏を支えた冨士谷市長が公示直前に岩永氏の選挙チラシに応援メッセージを掲載したことで、かえって武藤陣営の結束力に火を着けたね。
B 昨年の参院選、今回の衆院選で連敗した徳永氏については、近江八幡市長選へのくら替えを促す声も今後、予想されるよ。
C 共産の佐藤耕平氏(1区)、中川睦子氏(2区)、西川仁氏(3区)、西沢耕一氏(4区)は、比例を目指して健闘し、四人の合計得票数は約六万三千票で、前回に比べ約二割増にな
ったことは特筆されるべきだ。
―いずれにせよ、民主が二議席を守ったことは、これからの反転攻勢の足場をつくったといえるね。






