国の登録有形文化財に
◇全県
一部既報の通り、国の文化審議会において、長浜市曽根町の日吉神社本殿(所有者=宗教法人日吉神社)本殿一件、同神社門及び玉垣一件、近江八幡市安土町の東家住宅(東康彦氏)主屋一件、同住宅土蔵一件、同住宅石垣一件の計五件を国の登録有形文化財(建造物)に登録するよう文部科学大臣に答申した。そこで今回は、日吉大社を紹介してみた。
日吉神社は、長浜市南西部の曽根町の集落内の、北国街道から東に入ったところに境内を構えている。参道を東に進むと、玉垣が廻る基壇上に、門と本殿が西面して建つ。本殿は、一間社切妻造(いっけんしゃきりづまづくり)、檜皮葺(ひわだぶき)で、正面に一間の向拝(こうはい)が取り付く。
向拝頭貫(かしらぬき)上の蟇股(かえるまた)や身舎組物(しんしゃくみもの)間を猿や霊獣の彫刻で埋め、正面の小脇板や妻壁には植物や曇紋(うんもん)の彫刻、手挟(てばさみ)や木鼻には残し透彫(すかしぼり)の彫刻など、随所に装飾性に富んだ彫刻が施されている。社蔵の文書に、本殿建築の見積書や工事請負費の明細帳があり、これらの文書から、建立が明治十七年であること、宮部太四郎が大工を務めたことがわかる。
門は、一間一戸の薬医門(やくいもん)形式の門で、屋根は檜皮葺で、正面に軒唐破風(のきからはふう)をつける。妻飾(つまかざり)の笈形(おいがた)を雲紋彫刻とするなど、要所に彫刻を施している。
玉垣は、門の本柱の側面から、正面は門の両脇に柱間二間ずつ、側面は柱間九間、背面は柱間五間で本殿の周囲を囲う。繰形(くりがた)付の持送(もちおくり)で腕木を受け、屋根は桟瓦で葺き、棟は松皮菱藩(まつかわびし)瓦を用いた組棟としており、華やかな印象を与える。
門及び玉垣についても、社蔵文書から、明治二十九年に建築されたことと、宮部千代松と宮部捨治郎の二人が大工を務めたことがわかる。
日吉神杜本殿・門及び玉垣は、近世以降に湖北地域を中心に社寺建築の造営に手腕を振るった大工集団が手掛けた作品で、近代に至ってもその実力や特徴が発揮されている神社建築として、貴重な遺構である。





