ローカルボイス 「政治家は憲法解釈論争に明け暮れるべきでは無い」
衆議院憲法審査会で三人の憲法学者が安保法制について違憲だと述べてから、メディアを始め、多くの国民も、そして政治家も憲法解釈論争に明け暮れている。
確かに憲法は大切だし、全ての国民がこれを契機に憲法について議論することは良いことだと思う。
しかし同時にこの安保法制の問題は政策の問題でもある。この問題の本旨は、極東アジアを含め世界の緊張が高まる中で、日本の安全をどの様に確保していくかという政策論争であって、法学論争では無い。
憲法解釈については、確かに憲法学者の間では今回の安保法制が違憲だという見解が多数を占めている。しかし、強調したいのは、有力な憲法学者を含め、憲法学会でも必ずしも見解を一致させているわけではないということだ。
学会では、「憲法には集団的自衛権を明確に禁止した規定は無い」(京大・大石眞教授)、「自衛権説で説明できる集団的自衛権は合憲」(京大・曽我部真裕教授)といった有力説や、「他の国々の防衛に熱意と関心とをもたない態度も、憲法前文にいわゆる『自国のことのみに専念』する国家的利己主義であって、真の平和主義に忠実なものとはいえない。」(田中耕太郎最高裁判所長官)といった見解も有力に存在するのである。
そこで大事なのは、国会はどうすべきかということである。
私は学説が分かれている憲法の解釈論争に明け暮れることは、国会のあるべき姿だとは思わない。国会がすべきは、諸説ある中で国民を守るために必要な憲法解釈を定め、それに基づいて政策を決定していくことだと思う。憲法解釈論争に明け暮れ、国民の命や領土が奪われていては、政治家として国民への義務と責任を果たしているとは言えないと私は考える。
極端な話をすれば分かりやすいだろう。例えば、中国や北朝鮮が軍事的に侵略してきたときに、憲法は「戦争放棄、戦力不保持、交戦権の否認」を規定しているということから、政治家が「自衛隊は憲法の禁じる戦力にあたる」(現にこれは憲法学会の有力説)とか、「個別的自衛権の行使も、交戦権の否認規定に反する」とかいった憲法解釈議論に明け暮れて多くの国民を死なせてしまったらどうだろう。それこそ小林節教授の言う「憲法守って国滅ぶ」である。
専門家の中で見解が一致しているならいざ知らず、憲法学会でも色々な学説があるのならば、憲法の解釈論争は学者に譲り、国民のための政策論争を行っていくことこそ政治家にとって大切なことだと私は思う。
メディアの役割も然りである。今現在メディアは憲法学会顔負けの憲法解釈論争を毎日展開している。中国や北朝鮮、そして海賊や国に準ずるテロリスト集団に対し、日本はどの様な対策を講じるべきかという政策論争を是非報じて欲しい。
お茶の間も国会も憲法学会では無い。






