文明国の象徴から総力戦体制へ
◇全県
明治から昭和戦前期にかけて作成された公文書を保管している県政史料室(県庁新館二階)は、実施中の第二十回国勢調査にちなみ、展示「時代を映す国勢調査」を開いている。十月八日まで。
国勢調査のはじまりは、明治三十三年に世界人口センサスへの参加勧誘を受けたのがきっかけ。そして国内でも、欧米列強と対等な文明国の証として、また国民を統治する上で、経済の分野を含む国内の世情を明らかにするために、国勢調査の気運が高まり、同三十五年に法律が整備された。
大正九年の第一回調査では、宣伝活動の一環で、国勢調査を解説する唱歌の作詞・作曲が全国各地で公募された。
滋賀県で採用された、尋常高等小学校の教員の歌詞は、「氏名に、世帯、男女別、生年月日、配偶や、職業、生地、国籍と、以上調査は八事項」というもの。本人の作品紹介によると「最初、口語体にしようと思いましたが、余り冗長になり、かつ権威が足りないよう感じましたので、文語体にしました」と述べている。
日中戦争中の昭和十五年の国勢調査の項目は、軍事動員に備えて兵役関係の記入項目が追加されるなど、従来にない複雑なものになった。ポスターには銃身に日の丸が掲げられ、「正シイ申告興亜ノ礎」と、戦意高揚を図るデザインとなっている。
同史料室は「国勢調査は情勢によって、調べようとする項目は変化している。最初は人口など社会政策をうつ上で基本的なデータだったが、戦中になると、兵役に就かせるのにどのような国民がいるのか重要になってくる」と、調査の変遷を解説している。





