自治刻刻 『近代弓道発祥の地“竜王町” 弓道でまちづくりを』
わがまちの歴史文化遺産の一つとして「近代弓道発祥の地」があります。
竜王町は後世の弓術に大きな影響を与えた土地といわれていますが、今から500年前の西暦1500年前後、竜王町川守の武将吉田氏が考案した日置吉田(へきよしだ)流弓術は、弓の操作法や戦術について革新的な技法を考案し、後世の弓道の技術的な核となっていきました。
鉄砲の伝来や吉田氏の主君の佐々木六角氏の衰えとともに弓術は受難の時代を迎えます。竜王町で腕を鳴らした弓の名人たちも次第にこの地を離れ、各地へと四散していきます。かえってそれがキッカケともなり、日置吉田流弓術は全国へと広まっていきました。とりわけ吉田一水軒印西(よしだいっすいけんいんさい)は徳川将軍家にその腕を買われ、徳川家康・秀忠・家光の3代に弓の指南役として仕えました。
江戸時代には、諸大名から高給で召し抱えられる例が相次いでいます。
当時は「礼は小笠原、射は日置」という言い回しが流行り、三十三間堂の通し矢に多くの名人たちを輩出し、日置吉田流の伝統は江戸時代の中葉には最盛期を迎えます。その後、大政奉還と維新後の新しい価値観のもと武道全体は下火となりましたが、厳しい時代を再び生き延びた弓道は今や世界大会が開かれるまでに国際化しました。
そして今再び、近代弓道発祥の地としての竜王町の魅力が注目されつつあります。
つい先日のことですが、宮城県仙台市から日置吉田流の家元のご子孫の方が来町され、自らのルーツをたどり町内を巡られたと聞きました。先祖の方が仙台に弓の指南役として移ったのは1602年、それも伊達政宗から声がかかってのことでした。以来十数代に渡って家格を維持され、竜王町に再訪されたのは実に「415年ぶり」とのことでした。発祥の地が繋ぐキズナが時空を越えた今も息づいていることが分かります。
本年10月7日(土)には、竜王町内で射流し(いながし)という大会も行われます。
これは矢の飛距離を競う競技で、いかにたくさんの矢を的中させるかという日常の弓道とは一線を画した、伸び伸びとした青空の下での大会で、県内外の弓道家からも開催を楽しみにする声が上がっています。
「弓で地域おこしを」と地域おこし協力隊員も頑張ってくれています。
弓道を基にした人と人との繋がり、地域と地域の縁、竜王町との深いかかわりあいや歴史が新たな町づくりに繋がっていくことを期待しています。






