「ステージパパ、レオポルトの本音」 『にせの女庭師』の上演(21)
――1774年の冬にミュンヘンに行かれてますが、目的は何だったのですか。
レオポルト ミュンヘンの選帝侯、マクシミーリアン・ヨーゼフ三世さまから、有難いことにオペラの注文を受けまして、夏ごろから作曲に取りかかり、仕上げと上演のためにミュンヘンに参りました。仲介をしてくださったのは、キームゼーの大司教のツァイル伯爵さまで、この方は、ザルツブルク大司教の座をめぐって、コロレード伯爵と競われた方です。青年期に入った息子の就職の応援もしてくださったり、大変お世話になった恩人です。また、直接依頼の指示をしてくださったのは、宮廷劇場監督のゼーアウ伯爵さまで、こちらもその後、いろいろとお世話になる方です。
――オペラの評判はどうだったのですか。
レオポルト 息子は、母親に「オペラはとてもいい出来だったので、その評判は説明できない。劇場は大入り満員、アリアが歌われるたびに、拍手と驚嘆のどよめき。選帝侯妃殿下も太后もブラボーと声をかけてくださり、大満足」という趣旨の手紙を送っていますが、ヴォルフガングの興奮を差し引いても、親の欲目ですが、このオペラは、18歳の息子の才能を遺憾なく発揮しているものと思います。初演のあと、我々は選帝侯夫妻にご挨拶をしましたが、このオペラは大いに我々の面目を施してくれました。
――同じころ、ザルツブルクの大司教も、ミュンヘンに来られていますが、息子さんのオペラは見られたのですか。
レオポルト いや、初演には来ていただけませんでした。オペラを見た貴族の皆さん方が、大司教にオペラへの賛辞やらお祝いの言葉をおかけになられたのですが、何しろ大司教は実際見ておられないので、大いに狼狽され、返答に窮していたようです。私からすると、同じ時に同じ場所にいるなら、自分の宮廷に勤める者が書いた作品の初演くらいは見て頂き、お褒めの言葉の一つでも頂ければ、この方のためにひとつ頑張ってみようという気になるのですが、むしろ、我々と会うのを避けているようにさえ感じられて、何とも落ち着かない気持ちでした。我々にはどうしようもないことですが、この一事のせいで、あの方の心の中に、悪感情が澱のようにたまり、我々の印象をさらに悪くさせるものとなったに違いありません。私としては、息子がこんなにも評価される当地で、何らかの仕事に就かせてもらえないか、可能な限り関係筋に、お願いをしてみました。でも、色のいい返事はいただけませんでした。何しろミュンヘンはザルツブルクの隣町といっていい距離。みなさんが、大司教の顔色を窺わざるを得ない状況にあるわけですから、仕方ありません。
――ミュンヘンから帰られてからは、しばらく、ザルツブルクでの日々が続きますね。では次回は、そのあたりのお話をお願い致します。
モーツァルト・バー「キール」
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