「ステージパパ、レオポルトの本音」 出発の日の様子(24)
――今回の旅は9月23日に出発され、最終的には、パリにまで足を延ばされていますが、どんな計画を立てておられたのですか。
レオポルト 位置づけとしては、もちろん、息子の就職の旅です。従って、ヴォルフガングが大都市で確固とした地位を手にすることができたら、そこで旅は終わります。だが、この旅は、結果として、一家にとり、最悪の結末を迎えるべく運命付けられた旅となりました。それは、何となく出発の日から不吉な予感として感じられたのです。
――もう少し、具体的にお話いただけますか。
レオポルト はい。前回もお話ししたように、この旅は息子と母親の二人旅という、当初の予定ではない形で始められました。そもそも私が同伴しないこと自体が、すでに普通ではありません。息子や妻に十分な旅の準備はできませんから、私は旅の準備に当日の朝まで追われていました。当面必要とされるお金の調達、衣服などの荷造り、馬車の整備、ルートの確認、紹介状の整理など、とても時間が足りません。私がいれば、緊急事態にも対応できますが、旅を知らない二人には無理です。準備万端整えても、十分とは言えません。痛恨事は、出発直前まで、旅の完璧な準備をしようと思うあまり、雑事に時間を取られ、出発前に、息子と妻に、肝心の「別れの言葉」を言う機会を失してしまったことです。何しろ、当時の旅は、道中で命を失うことは珍しいことではなかったから、大袈裟に言うと、「生き死に」を賭けた旅、出立のその時には、「今生の別れ」をするのです。それをできなかったことが、最初のつまずきです。
――なるほど。お二人の様子は、どんな感じだったのですか。
レオポルト 息子はルンルン気分ですよ。私が同伴している時は、厳しく言い立てられるものですから、自ずといつも緊張の面持ちなのですが、母親の付き添いですから、解き放たれた鳥のように、これからは自由に振る舞えると期待感に胸が膨らんでいたのでしょうね。いつも陽気な妻は逆に、緊張感から笑顔を失くしてしまい、暗い表情をしていました。
――それはそうでしょうね。家に残られるお姉さんはどんな様子だったのですか。
レオポルト 娘は、食欲を失くし、頭痛と吐き気がひどく、ついには嘔吐してベッドに伏せてしまいました。無理もありません。仲のいい弟とは、場合によっては、長期に渡り会えないわけだし、悩みを打ち明けられる母親とも、当面会えないかと思うと、心が塞がってしまうわけです。家には愛犬がいますが、男親の私との二人暮らし。前途に不安を覚えるのも当然と言えば当然です。私とすれば、とりあえず、近在のミュンヘンで就職が決まってくれないかと祈るような思いで、旅の初日を過ごしました。
モーツァルト・バー「キール」
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