自治刻刻 再び、一票の格差について
今月18日、衆議院議員小選挙区の区割りを十増十減とする改正公職選挙法が可決成立し、年内に公布施行されます。次の衆議院議員選挙において適用され、本県の小選挙区は4から1減の3となりますが、本県分も含め全国の10減のうち半分の5人分は東京都の5増に充てられます。
さあ本当にこれでいいのでしょうか。選挙は、民主主義の根幹をなすものであり、その運用における法の下の平等は確保されなければならない要素であることは間違いないのですが、一票の格差の問題は、生存権的基本権のような侵害されることのない権利と比べ、一定の制限を受けることを前提としているのです。
憲法上の位置付けで言えば、この格差については、法律論による司法上の判断よりも高度の政治的判断が必要とされる言わば統治行為論が採用されるべき問題ではないかと考えるのです。
東京一極集中がこの国のバランスを大きく崩していることは間違いのない現実で、人口減少社会が続く現在の状況を見たとき、今後も東京をはじめとする大都市に人口が集中していくことは予測に難くありません。東京のあまたの国会議員の責任では決してないのですが、本県のような道路整備や交通インフラ、農林漁業をはじめとする諸問題が東京にあるのでしょうか。あるとしても巨大官庁の東京都において対応できるわけで、東京の国会議員は何をされているのでしょうかと問いかけたくなるのです。
参議院議員の選挙区においても、一票の格差是正のため、鳥取と島根、徳島と高知において、合区という県境を越えた愚かなものとなっていますが、全国市長会からもその解消を継続的に政府に申し入れているのです。
国会議員のなすべき重要なことは、国家国益をしっかり守り、国家全体の均衡と継続的発展に注力することであるのです。尖閣や竹島が侵されようとしている現況に対し、ロシアや中国、北朝鮮からの脅威にしっかり対応すべく日本海に面する県の議員の数を増やすべきであり、地方創生やデジタル田園都市国家構想を標榜するなら地方における国会議員の数を人口のみに準拠することのないメルクマールを構築すべきではないかと思います。特に憲法学者には真剣に国家のあるべき姿を考えていただきたい。






