「ステージパパ、レオポルトの本音」 フリーメイソンへの加入(39)
――1784年12月には、息子さんはフリーメイソンへ加入され、レオポルトさんご自身も翌年の1785年4月には、フリーメイソンへ入られていますね。秘密結社のように思われていますが、どんな組織だったのですか。
レオポルト いや、あれは秘密結社だとか、変な宗教団体と思われている人もいるようですが、まったく違います。「自由」「平等」「博愛」の基本理念に賛同し、その思想のもとに集う社交場的なものであったと私は理解しています。当時のウィーンで活躍しておられる比較的に社会的地位の高いかたが、相当数入っておられたことからも、それが分かると思います。もともと「石工」団体が起源ですから、厳しい階級制度があり、入門した人は、「徒弟」「職人」「親方」という3つの階級を、その貢献度に応じて、昇級していくわけです。息子がフリーメイソンへ入ったのは、知り合いの男爵に、勧められたからで、私が入ったのも、息子が熱心に進めたからです。
――息子さんは、とんとん拍子で昇級されたようですが。
レオポルト あれは、思想的に団体の基本理念に賛同しているところがあって、すんなり組織に溶け込むことができたようです。さらに、フリーメイソンのための曲を何曲も書いていますから、まあ、それが評価されたんでしょうね。ちなみに、日本では年末、ベートーヴェンの「第9」を演奏したり、聴いたりするのが、定番になっているようですが、あの時歌われるシラーの詩は、フリーメイソンの集まりで、別な旋律で歌われていたものだという話を聞いたことがあります。「抱き合おう、何百万もの人々よ!」というメッセージは、尊い基本理念から来ているもので、根底にフリーメイソンの思想があることは、知っておいて損にならないと思いますよ。
――息子さんは、最晩年のオペラ『魔笛』でフリーメイソンへの入会への秘儀を暴露したことが、関係者の怒りを買い、一説では、それがもとで、「フリーメイソン毒殺説」のようなものが人々の間に広まったとされていますが、いかがお考えですか。
レオポルト いや、私は確信をもって言うことはできませんが、息子には、秘密を暴露しようとする意図など、絶対になかったと思いますよ。それにあの程度のことは、当時フリーメイソンに入ってない人達だって、知っていたわけで、それが原因で殺人が起こるなんて、とうてい考えられません。あれはいつも、人がいがみ合う世の中が嫌いで、結構人の悪口はたたくのですが、人と人を結ぶ「愛の感情」が何よりも大切だということを信じていました。息子の書くオペラは、どれも「愛の大切さ」を訴えていると感じませんか。
モーツァルト・バー「キール」
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